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CANVAS TOP (執筆:「壊れた人」氏)
EP82(スターレット)のキャンバス・トップを開けて見上げた夜空は春霞がかかり霞んでいた。
話しは数時間前に遡る。学生時代から溜まり場と化していた喫茶店に、漏れは就職しても通い続けていた。
「ケイ!お待たせー!」
陽気な声と共に、いつもの通り10分ほど遅刻して、睦(むつみ)はやってきた。
「何よー。コーヒーの方が大事なの?」
睦はそう言って、強引に漏れを店の外に連れ出そうとした。
「睦ちゃん、ここで何か飲んで行ったってバチは当たらないよ...。」
気さくなマスターはにこやかに睦に問いかけたが、彼女は
「これからケイと食事に行くんだもの!」
とマスターに笑いながら返答した。
「さーケイ!一杯食べるんだからね!」
睦はそう言うと、漏れの腕を掴んで、彼女のEP82の中に押し込んだ。
睦は元々、1つ年上のS先輩の彼女だった。S先輩は1年留年したため、漏れと一緒に卒業した。S先輩は卒業と同時に、地元出身の彼女である睦を大学のある街に残して実家に帰ってしまった。S先輩の実家は、ここからクルマで片道6時間はかかる。睦は寂しいのか、S先輩と漏れが卒業した直後から、何故か漏れを引っ張り回しては暇を潰している。遠距離恋愛にはやはり無理があったようで、睦はS先輩と卒業後1年ほど保っていたが結局別れた。睦は漏れより2つ年上で、職業は開業医の小さな病院に勤める看護婦だ。
睦はEP82を暫く走らせ、地元でも美味いと評判のパスタ屋に漏れを連れて行った。
「給料日のケイが払うんだからね(笑)。年度が変わったから少しは手取りが増えたでしょ(笑)。」
睦は漏れより良い給料を貰っているはずなのに、食事に誘うと必ず漏れに払わせていた。漏れは、学生時代から面識のあった彼女を何故か憎めず、余程のことがない限り、睦の意見を尊重していた。睦とはステディな関係にあるわけでもなく、また躰の繋がりがある訳でもない。単に『異性の友人』だった。
「ケイはさぁ.....ラブホテル派?それともシティホテル派?」
食事を終えてコーヒーを飲んでいると、睦は唐突に話題を変えて漏れに問いかけた。危うく漏れは噴出しそうになった。
「睦ちゃん(=むっちゃん)、突然、何てぇハナシを...(大汗)。」
漏れの問い掛けに睦は
「今日ねぇ...会社で同僚とそんな話題になったの。『彼と[する]時は何処に行くか』って。最後に多数決取ったら、シティホテル派のコの方が多くて、ラブホ派と比較するとシティホテル派のコの方が平均年齢も低くてね(苦笑)。で、2歳下のケイはどっちが好みか聞いてみたかったの(笑)。」
と明け透けに言った。睦の言う『会社』とは彼女が勤める『病院』のことだ。睦は会話から他人に看護婦と悟られるのが嫌で勤務先を『会社』と称していた。看護婦の仕事はストレスが溜まる。3K(キツい、汚い、給料安い)どころか7Kくらいの負担を毎日強いられる。しかも、睦の勤務先は整形外科だ。睦は気が強そうな顔つきだが顔立ちは整っているし、スレンダーだがスタイルも悪くない。更に突き詰めた言い方をすれば、制服はややもすれば下着の線が透けて見えそうな白衣だ。整形外科には怪我人はいても病人はいない。患者からもエゲツない話題を持ちかけられることが多いらしく、そういう下世話な話題に対して睦は感覚的に麻痺していた。
狭いパスタ屋の隣の席で、高校生か大学生でも1年生くらいの年齢のアベックが、唐突に睦の台詞を聞いて度肝も抜かれていたのが漏れには可笑しかった。
「漏れは、ラブホにしか、連れ込んだことがないなぁ...。 (^^ゞ 」
漏れは正直に答えた。シティホテルでなし崩し的にそうなった経験はあったものの、最初から『それ』目的で女性をシティホテルに連れ込んだことはない。今度は漏れの台詞に、隣のアベックがまた反応して照れているのが可笑しい。どうやらまだ、プラトニックな二人のようだ。
「そーよねー、それが普通だよねー。」
睦は頷きながらそう答えた。相変らず、それなりに品の良いパスタ屋で早い時間にする話題ではない。
ふと、睦はコーヒーカップをテーブルに戻し、両肘で頬杖をついて漏れの顔を暫く眺めた。そして意識的に甘い声で漏れに顔を近づけて囁いた。
「ねぇ...ケイ...。どっちに行きたくなるか...、これから試してみようか(笑)。」
漏れはコーヒーに咽た。焦りつつ漏れがふと見ると、隣のアベックはお互いに恥ずかしそうに下を向いて照れている。若い二人には睦と漏れの会話は、刺激が強過ぎたようだ。
「睦ちゃん...?!年下をからかうのもいい加減にしなよ(笑)。」
漏れは睦のいつもの冗談だろうと思った。漏れが『年下』と称したのは漏れのことではない。隣の席で恥ずかしそうにしているプラトニックな感じの若い二人のことだ。
そもそも睦は、S先輩と付き合っていた際にも、漏れが学生時代から入り浸っていた喫茶店でS先輩が待ち合わせに遅刻する都度、待つ間の時間を持て余して漏れに卑猥系の話題を持ちかけながら、からかって遊んでいた。漏れも睦はそういうジョークを言うのが癖なのだろうと、それを拒まずに一緒に盛り上がっていた。S先輩と睦は、付き合っていた時はそれなりに幸せそうだったし、漏れが二人の間に割り込む理由もなければ、漏れはそもそも睦をそういう目で見ていなかった。自然と下世話な冗談にも漏れは付き合うことができた。睦がS先輩と別れた後も、こうやって平気で一緒に食事が出来るのは、お互いを過剰に異性として意識していないからだ。
「ケイ、無碍に否定するのはどうかと思うけど...。折角、私から誘ってるんだから...。」
睦は相変らずの猫撫で声で漏れに言った。隣の席の若いアベックは、自分たちの会話も忘れて、漏れたちの会話の成り行きに聞き耳を立てている。
「じゃあ、どちらに行ったらより燃えるか、試してみようよ(笑)。」
漏れは睦に答えた。隣のアベックがまたもや恥ずかしそうに俯くのが見えた。そう、漏れは単に隣のアベックをからかっているつもりだった。きっと、睦もそれが目的できわどい話題をしているのだと漏れは確信していた。
「決まり!」
睦は唐突に会計伝票を掴んで立ち上がった。
「じゃあケイ...、まず私が『ケイに抱かれたい』と思えるような状況を作って。そうじゃなきゃ、ホテルになんて一緒に行けないよ(笑)。」
睦は会計伝票と一緒に、睦のEP82キャンバストップのキーを漏れに渡した。「ジョークにしては手が込んでいるな。」と、漏れは睦の言動を捉えつつ
「漏れがここを支払えばポイント高い?」
と、睦に投げかけた。
「オトコが払うのが当たり前よ♪」
睦は相変らず明け透けに漏れに答えた。なし崩し的にパスタ屋の勘定は、結局漏れが払わされる羽目になった。
「ごちそーさまー♪」
睦はいつものように答えた。ふと、いつもの睦の台詞を聞いた漏れは、睦と一緒に過ごす時間がここ1年の間、意外と多いことに気付いていた。
「さー姫さま、どーぞ。」
勘定を済ませ、漏れはパスタ屋の駐車場で先にナビ席のキーを開放し、睦に大袈裟に下僕のような行動をして見せた。
「なーんか...ウソくさーい(笑)。」
睦は笑いながらナビ席に乗り込んだ。漏れはナビ席のドアを閉め、運転席に回ってEP82に乗り込んだ。
「行き先は、漏れが決めて良いんだよね。」
いつもの睦のジョークは相変らず続いているものと解釈して漏れが睦に聞くと、睦は黙って頷いた。漏れはEP82を発進させた。オートマの運転は久しぶりだった。
市街地を出て30分ほど郊外に向けてEPを走らせると、それまで世間話に華を咲かせていた睦が漏れに尋ねた。
「ケイってば...。何処に行くの?」
「ナイショ。良いトコ。」
漏れは睦の問い掛けに答えた。
「いきなり『ラブホ』に連れ込むのは『禁じ手』だからねー(笑)。」
睦のいつもの冗談が炸裂していた。
「いくら何でもソレはマズいっしょ。」
漏れは睦に答えた。この時、漏れは単に睦の喜びそうなところに彼女をドライブがてら連れて行くことしか考えていなかった。現実的に捉えれば、睦から真に誘われれば、多分、漏れは成り行きでそのまま睦を抱くだろう。しかし漏れは、パスタ屋での睦との会話は、隣の若いアベックをからかって楽しむ方便だと思っていた。だから漏れは『睦を抱くことなどあり得ない』、そう思っていた。
睦と漏れは相変らずEP82の中で雑談に華を咲かせていた。EPは市街地を離れ、県北西部の高原に向かっていた。元々、この地域の出身である睦は、経路から漏れがどの辺りに行くのか見当を付けていた様子で
「小淵沢経由で清里とか野辺山で星空眺めるなんて、ありきたりな手法じゃ私は落ちないよー(笑)。」
と余裕綽々だ。
「残念でした。漏れはそこまで陳腐なワンパターンじゃないよ(笑)。」
と漏れが答えると、
「ふ〜ん、奴よりケイの方が、遊び慣れてたんだ...(笑)。」
と、漏れに言った。睦の台詞の『奴』がS先輩を指しているのは、漏れには容易に想像がついた。
「あれっ?こんなトコで曲がるの?」
漏れが小淵沢を目前に県道を外れて右折し、あぜ道に毛の生えたような田舎道に入り込んだ瞬間、睦は素っ頓狂な声を出した。
「まさかケイ.....、周りに人家も何もない雑木林の中で私を押し倒して襲おうと.....(笑)。」
睦が冗談めかして漏れに言った。
「ざんねーん(笑)。睦ちゃん、確かに漏れはスレてるし、学生時代に『いろいろと複雑なことがあった』とS先輩から聞いているかも知れないけれど、漏れはそこまで落ちぶれていないから(笑)。」
と漏れが答えると、
「じゃあ、何処に行くのよ...。」
と睦は初めて不安そうな顔を漏れに見せた。が、既に目的地は数10mほど先だった。
「はい到着。」
漏れは田舎道にEP82を停止させた。
「えっ...ここって...。」
周りはまだ水も張っていない水田だ。その周りを雑木林が取り囲んでいる。
「降りれば解るよ、睦ちゃん。」
漏れはそう言うと、運転席を降り、ナビ席側に廻ってドアを開けた。市街地よりも標高が若干高いので、4月の末とはいえ、まだ僅かな風が肌寒かった。停止したEP82から、睦は半信半疑で道路に降り立った。漏れはEP82を止めた側とは反対の路肩に睦を導いた。そこには桜の老木がポツンと1本だけで立っていて見頃の花を蓄えていた。
「季節外れの『お花見』ってのも、なかなか良いでしょ。」
漏れは睦に言った。この桜の木はこの部落では有名だが、観光案内になど載っていない(注:現在は観光資源として活用され、県の文化財指定も受けているこのしだれ桜の老木は、開花時期には最寄の県道に案内看板までが出されている)。傍らの神社のご神木でもあるこの桜の老木は、それでも一時の花を見事に咲かせるように部落の人々に大切に扱われている。周りには手作りの柵が廻され、木を傷めないように配慮されつつも、既に洞を蓄えるほどの老木の枝は広く拡がって、9分程度の花を大きく広げた枝に蓄えていた。漏れがこの桜の老木を見つけたのは、美枝子と二度目に別れる前だ。美枝子の妊娠が解って、堕胎日を決めて病院を後にした漏れは、美枝子がそのまま帰りたがらなかったので、彼女を落ち着かせるために借りていたトシのプレリュードでこの辺りまでを彷徨っていた。この桜の老木を偶然見つけたのは美枝子だ。美枝子との想い出のある土地だったが、美枝子が街を離れて既に1年以上が過ぎた今更、『想い出』もないだろうと漏れは自分を偽って睦をここまで連れて来てしまっていた。
桜の老木の周りには街灯などない。薄暗い月明かりに照らされた桜の花を眺めながら
「...うん...ケイ...。...『こういうの』...合格...かも...。」
睦はそう言いながら漏れに寄り添った。
漏れは睦に不意に口づけられていた。睦がEP82の車内から舐めていたミント味のキャンディが、口移しで漏れの口の中に転がり込んできた。
「睦ちゃん...悪い冗談だよ...。」
睦が口づけを終えた後、漏れは言った。漏れは最初から、食事の余禄のドライブとしか捉えていなかった。漏れの口の中には、睦から委ねられたキャンディの甘酸っぱい味が広がっていた。
「ケイ...私だって...寂しい時もあるんだから...。」
睦はそう言うと、再び漏れに口づけた。睦の舌が漏れの口内でキャンディを探し当て奪い返していった。しかし、睦の口づけは止まらず、口内にキャンディを留めたままのせいなのか睦の舌先が不器用に漏れの舌先を突付く。漏れは睦の躰を抱き支えながら、暫く睦と口づけていた。
ふと睦は唇を離した。
「ケイ...。誘ったのは私...。」
そう言うと、睦は再び漏れに口づけた。睦から再びキャンディが口移しに漏れの口内にもたらされたが、それはかなり小さくなっていた。
口づけを終えた睦は
「ケイ...。誘ったのは私だから...。」
と漏れに再び同じ台詞を繰り返した。睦にそう言わせるのには、何か彼女なりの理由があるはずだと漏れは思った。そして同時に漏れは、『美枝子もテツに抱かれようとした時には、こんな様子だったのか...。』と想い出に裏打ちされた推測に打ちのめされつつ混乱していた。その混乱が、無意識のうちに漏れ自身に睦に対して不用意な返事をさせた。
「...睦ちゃん...。行こう...。」
睦の誘いに対して肯定とも否定とも取れる返事をした漏れは、睦をナビ席に乗せるとキャンバストップを開けて来た道を引き返さずEP82を小淵沢方向に走らせた。
途中、EP82のキャンバス・トップを開けて見上げた夜空は春霞がかかり霞んでいた。透き通りそうで透き通らない空の様子は、不安定な睦の心情を代弁しているかのように漏れには思えた。頭上には星空が広がって見えたが、速度を上げる都度、僅かながら上方から巻き込んでくる空気の流れは睦の心の中に吹き荒ぶ風のように少し肌寒かった。
睦はナビ席に座ると、口数が少なくなっていた。羞恥によるものでないことは、漏れには直ぐに解った。
「睦っちゃん?何かあったんだろう。」
漏れは小淵沢の市街地を抜け、R20に通じる県道の九十九折れを下りながら睦に尋ねた。
「Sから手紙が来たの...。」
俯いたままの睦は、か細い声で漏れに答えた。EP82はR20の長野県境の交差点に着いた。漏れは左にウインカーを出し、漏れたちの住む街に向かってEP82を暫く進めた。漏れはそのまま帰るつもりだった。
「そこでいい...。」
ナビ席で黙ったままだった睦が唐突に右手の先を指差しながら言った。睦の指した先にはラブホがあった。睦の指示に、反射的に漏れは黙って入口にEP82を進めた。漏れの内面には、友達としての睦に何があったのかゆっくり聞いて力になってやりたいと思う気持ちが半分、残り半分のうちの1/2は『睦が誘った』という現実が、そして最後に残っていたのは、漏れを裏切った美枝子の『その時の心境』を、睦を介して疑似体験してやろうという愚かな考えの漏れがいた。
塀の内側にはコテージ風の建物が別々に幾つも並んでいた。各建物の前には「空」「満」の表示とともに、表示そのものが「空」の場合には、休憩・宿泊の別で料金が表示されていた。回廊状の通路をEP82でひと一巡りして、漏れはEP82をR20に戻した。漏れ自身、様々な誘惑や葛藤があったが、なし崩し的に睦につけこむのは、やはり気が引けた。睦といえば、ナビ席でひとしきり俯いたままだった。
「睦ちゃん...今日は変だよ...。」
漏れは睦に問いかけた。
「...ケイって...変なところで生真面目よね...。」
俯いたままで睦が漏れに答え返した。睦の態度は半ば投げ遣りだ。
「睦ちゃん...。S先輩から手紙が来たって言ったよね。長くなりそうだから場所を変えて聞くよ。ラブホで話を聞いたんじゃ、多分、漏れが話の終わりまで我慢できない(汗)。」
漏れがそう言うと、睦はようやく顔を上げて、少し笑った。
漏れはその後、黙ったままEP82を市街地に向けて走らせた。EP82は人影もクルマも閑散とした市街地中心部で信号に引っかかった。
「ケイ、そこならどう?」
市街地の中心部に、老舗のシティホテルがある。睦は信号待ちの際、ナビ席から指差して言った。
「...うーん...。睦ちゃんの話を聞くだけだよ...(大汗)。」
漏れがしどろもどろに答える有様を見て、睦はナビ席で笑った。
「別に、[そうなっちゃった]ら、それはそれでいいじゃない...。私は今、特定のオトコも居ないし...。」
睦の台詞に、漏れは睦がパスタ屋で下世話な話をしていた時から漏れを誘っていたのがようやく解った。しかし、それは睦の漏れに対する好意の表れではない。S先輩から来たという手紙の内容が、漏れに対して睦にそう言わせていることは、漏れには想像が付いていた。
「睦は展開にがっかりするかも知れないよ。」
漏れはあえてそう答えた。
「それって私と[しない]っていう宣言なの?それとも[する]と私ががっかりするという前振りなの(笑)。」
睦が漏れの台詞の揚げ足を取って笑った。
「まあ、成り行き次第ということで...(滝汗)。」
漏れはそう答えると、進路を変えてシティホテルの駐車場に向けてEP82を走らせた。
時間は遅かったがフロントは対応してくれた。シティホテルらしく、二人で宿泊できる部屋はツインだけだった。ベルマンに案内された部屋は客室フロアの最上階の7階だった。週半ばの平日だ。宿泊予約は少ないのだろう。
ベルマンが下がると、睦はカーテンを開いて窓の外に広がる市街地の夜景を暫くぼんやりと眺めていた。気持ちの整理が付いたのか、睦は漏れが座っているソファーの対面に座ってバッグから封筒を取り出した。封筒を見て、漏れは愕然とした。普通の封筒ではない。中を開けるとご丁寧にも出欠の可否を連絡するための葉書が付いている。返信用の葉書に貼られた切手は慶事用だ。
「...睦ちゃん...これって...。」
聞くのも悪いとは思ったのだが、漏れはつい言葉に出してしまった。睦が漏れに示したのは、S先輩の結婚披露宴の招待状だった。披露宴の会場は金沢市内のホテルが示してあった。
「Sも私に悪いと思ったらしくて事前に電話はくれたのよね。私も口惜しいから、そこでナマ返事しちゃったものだから...。数日後にこれが届いたって訳...。」
睦はそう言うと黙ってしまった。
漏れは複雑だった。S先輩が睦と別れた後、見合いをしたのは知っていた。S先輩の父親が病気で長くないことが解ったからだ。もっともその後、S先輩は連絡こそこれたものの見合いのその後については漏れには知らせてくれなかった。まあ、知らせろという方がおかしいのかも知れない。最後にS先輩から漏れに連絡があったのは、今年の年賀状だ。慶賀の印刷の下側にS先輩の直筆で「だんだん楽器が弾けなくなってきた。」と記してあったが、今思えばそれは、暗に今年中の結婚を遠回しに漏れに伝えようとしていたのだということが、漏れには理解できつつあった。
睦とS先輩は仲違いして別れたわけではない。S先輩は睦に仕事を辞めて自分の郷里に来るように、つまり求婚していたのは確かだった。しかし、睦はまだ、そこまでは考えていなかったし、どだい急に睦がこの地を離れるのは難しかった。睦は早くに両親を共に病気で亡くし、祖母と一緒に生活していた。睦が看護婦になったのも、両親が早くに他界したのが理由の1つだと、睦本人の口から漏れは聞いたことがあった。睦の家は、今は睦の祖母の年金と睦の収入で生計を立てている。睦の祖母は歳相応に病気がちだった。祖母をこの地に残して睦は嫁ぐ訳にはいかなかった。
「Sらしいと言えば、らしいかな...。」
睦は独り言のように呟くと一筋の涙を流した。
「...ねぇ...ケイ...。『どう思う』なんて...私は聞かないよ...。きっとね、私はまだ、Sに未練があるんだと思うの...。だから...ケイ...、まだ未練タラタラの......私を助けて...。」
睦は漏れにそう言うと、立ち上がって漏れの目の前で着衣を脱ぎ始めた。
「私が自分の意思でSを裏切れば、きっと私はSを諦められる。だから...ケイ...こんなことを頼めるのは、私にはケイしかいないの...。」
下着姿の睦はそう言いながら、ソファーに座る漏れに躰を預けて漏れに口づけた。漏れには一瞬、睦が美枝子に見えた。
「...ねっ...ケイ...お願い...。黙って私を...抱いて...。」
唇を離して睦が漏れに言った。だが、漏れはまだ、自分がどうしたら良いのかを考えあぐねていた。ソファーに浅く腰掛ける漏れの体の上に、自分の躰を預けたままの睦は魅力的に見えた。無意識に睦を抱いた漏れの左手は、睦の細い腰に廻されていた。左の手の平を通じて睦の素肌の生暖かい感覚が、漏れの平常心をないがしろにしようとしいているのが解った。睦は漏れに躰を預け漏れに覆い被さるようにして暫く漏れを抱きしめていたが、再び睦の唇が漏れの唇を覆った。その時、漏れには再び睦が美枝子に見えた。
「...抱いて...。」
睦はそう呟きながら漏れの唇を貪った。漏れは睦の台詞に最後の自制の箍を外された。睦の舌先が漏れの口内に侵入し、漏れの舌先を探し当て擽った。睦の舌が漏れの舌に絡みつくと睦の吐息が少しずつ速まって行った。睦は夢中になって漏れの舌先に自分の舌先を絡め愛撫を続けている。漏れは睦に口づけられたまま、ネクタイを剥ぎ取られ、次いでワイシャツのボタンを外されてワイシャツも脱がされた。睦は漏れのTシャツをたくし上げると一旦唇を離してTシャツを剥ぎ取って漏れの上半身を露にした。そして再び、漏れの唇を貪るように口づけつつ、自分の舌先を転がすようにしながら漏れの舌や唇を嘗め回しながら、自分でホックを外してブラをかなぐり捨てていた。漏れの胸に、スレンダーな体形の割に大きめで形の良い睦の乳房が押し付けられた。睦は漏れに口づけ舌を絡ませながら、微妙に上体を上下・左右に動かした。既に隆起した睦の乳首が漏れの胸を擽っていた。睦の吐息は喘ぎに変わっていた。
「...ケイ...ベッドで...。」
ゆっくりと唇を離した睦が漏れの耳元で囁いた。睦は漏れから躰を離すとソファーの前に立ち上がりつつ、漏れの左手首を掴んで漏れをソファーから立ち上がらせた。ショーツ1枚の睦は、意識して漏れを誘うように、対面して立つ漏れの眼前でゆっくりとショーツを脱いだ。明るい部屋の中で、スタンド型の照明器具からの光を背景に、睦のスレンダーながらメリハリのある躰が漏れの目の前に現れた。睦の腰は漏れが手折ればそのまま折れてしまいそうなくらい細かった。しかし、漏れは、過去の美枝子の漏れへの裏切り行為を、S先輩への想いを断ち切る動機付けにしようと漏れに抱かれようとしている睦に無理矢理重ねてしまっていたためなのか、そのままそこに立ち尽くしていた。
睦は立ち尽くす漏れに歩み寄り、ゆっくりと漏れを抱きしめて再び口づけた。睦の舌は、暫く漏れの口内で漏れの舌を貪っていたが、やがて睦が漏れの唇を貪るのを止めると同時に、漏れの頸から肩・胸を経て少しずつ下に進んでいった。睦は漏れの体に舌を這わせつつ、ゆっくりと漏れの前にしゃがみこんで漏れのベルトを外しスラックスを脱がせ、トランクスを剥ぎ取った。漏れの睦に対する複雑な気持ちとは裏腹に、睦に愛撫され尽くされ、漏れ自身は既に怒張していた。睦はしゃがみこんだまま漏れ自身を自分の手に取り、ゆっくりと口内に頬張った。睦は口で漏れを咥え込むと、しゃぶりながら漏れ自身に舌先を這わせ巧みに愛撫した。漏れは無意識に睦の頭の上に手を添え、睦の髪を撫でていた。睦は初め、顔を前後にゆっくりと動かしつつ唇で漏れ自身を軽く挟み込みながら舌先で漏れを愛撫したり喉の奥まで迎え入れたりしていたが、次第に漏れ自身を唇で扱くようにしながら顔の前後動作を速めていった。
「...睦ちゃん...そんなにしたら...。」
と漏れは我慢の限界が近いことを睦に告げた。
「いいよ...きて...。」
睦は漏れを咥えたたまそう言うと、漏れ自身の先端の下側を舌先で暫く愛撫し続けた後、喉の奥まで漏れを咥え入れ、唇で軽く挟み込みながら先程よりも激しく顔を前後に動かしつつ舌先で漏れ自身の下側をくまなく愛撫し続けた。漏れは耐え切れず、睦の髪を撫でていたはずの両手で睦の顔を漏れの股間に引き寄せ、漏れ自身を睦の喉の奥まで挿し込んで睦の口内で強かに弾けた。睦は漏れが弾けた後、漏れが口内に散乱させた漏れの残骸をそのまま飲み込んだ。そして、中途半端に漏れを咥えながら、暫く漏れ自身の先端をくまなく舌先で舐め上げていた。
口内から舌先で漏れ自身をゆっくりと外に押し出した睦は、小悪魔のように微笑みながら
「ケイの...呑んじゃった...。」
と漏れの顔を見上げて漏れに言った。
「...今度は...ケイが...私を夢中にさせて...。」
睦はそう言うと、漏れをベッドに誘い込んだ。漏れはもう自分の意思にかかわらず、自分の『オス』としての欲望を抑え切れなくなっていた。睦に誘われるがままにベッドに入った漏れは、先に仰向けに横たわった睦の躰に覆い被さるような姿勢で睦の唇を貪り舌先を絡ませていた。
明るいままの室内で、漏れは睦の唇や舌先を貪りつつ、睦の乳房に手を這わせた。漏れの指先には睦の既に突起した乳首が、手の平には柔らかに高低差を保ったままの弾力のある乳房の感触が広がった。大きく弧を描くように睦の乳房を愛撫しながら、指先で乳首を触れるか触れないかの間隔を保ちつつ弄んだ。初め、静かに呼吸をしていた睦の息遣いが次第に激しく変わっていくのが解った。漏れは睦の唇から自分の唇を離し、睦の乳房を両手で愛撫したまま、舌先を睦の首筋を経て右耳に這わせた。漏れの舌先が睦の耳朶に至ると睦は
「...あっ...。」
っと不意に喘ぎ声を漏らした。睦は耳周りが弱いらしい。漏れの唇で睦の耳朶を軽く挟むと再び睦は短い喘ぎ声を上げながら一瞬躰を硬直させた。漏れは睦の右耳と乳房・乳首を同時に愛撫しながら、少し開き気味になった睦の右脚を漏れの右足で跨いで、漏れの右膝で睦の右内腿を撫でるようにしながら睦の太腿の付け根まで持ち上げ、漏れの膝の上側辺りで睦の股間に僅かに圧力を加えつつ微妙に上下左右に揺り動かした。漏れの右膝辺りに睦の秘部から既に溢れ出していた蜜の湿った感覚が広がっていったが、その感覚の広がりに合わせて睦の喘ぎが抽象的な吐息から具体的な呻き声に変わって行った。
漏れは再び睦の首筋からうなじへ舌を這わせた。睦は漏れの舌先から逃れるように躰を右肩を上にするようにして廻した。漏れは睦の背中に寄り添い、睦の頸の下を通して睦の前面に廻し込んだ左手で睦の乳房を下から支えるように愛撫しながら指先で乳首を転がしつつ舌先で睦のうなじを嘗め回した。同時に漏れの右手は乳房を離れ、腹部を経て下腹部にゆっくりと進んで睦の恥丘に到達した。スレンダーな躰つきながら、睦の恥丘は盛り上がって発達していた。漏れの右手が睦の恥丘の茂みを掻き分け睦の陥没した裂け目の入口に到達し、指先が裂け目を押し広げつつ睦の核に到達すると、睦は
「...うっ...ん...」
という喘ぎ声を上げながら両腿で漏れの右手を挟み込んだ。両腿を手の平で押し分けながら漏れの右手の中指の先は更に睦の奥深い深部を目指してゆっくりと進んだ。睦の裂け目とその周辺に右手を這わせながら、漏れは睦の左乳房と乳首を一緒に愛撫しつつ、舌先をうなじから背筋に這わせていた。睦の秘部は既に溢れ切って、漏れの右手を挟むようにしたおかげで、溢れた蜜が内腿まで拡がっていた。漏れは右手の人差指と薬指で睦の裂け目を広げつつ中指で裂け目を下から上にゆっくりとすくい上げるようになぞらえた。中指が裂け目の上端にある睦の核に僅かに触れる都度、睦は短く喘ぎ声を漏らした。いつしか漏れの右手を挟み込むようにしていた睦の両腿は開かれ、睦は右膝を頂点に折り曲げて右脚を立てていた。睦によって開かれた睦の股間を、漏れは背後から右手を廻しつつ飽きるまで愛撫しながら同時に睦の左乳房と両方の乳首を左手を開いて一緒に愛撫しつつ、うなじから肩甲骨の間にかけて舌先を這わせ続けていた。
「...入れ...て...。」
睦が我慢できなくなって漏れにそう漏らした。しかし、漏れは先に睦の口内で果てさせられた腹癒せに、睦を更にじらすことにした。漏れは睦の上半身を仰向けにして右脇を介して睦の右胸に舌先を這わせつつ、睦の下腹部から秘部に向けて差し込んだ右手の先にある睦の割れ目の中に中指をゆっくりと挿入した。挿し入れた中指を睦の奥底まで到達させた漏れは睦の膣内(なか)で中指の先を曲げつつ親指を睦の膣内に挿し込んだ中指の付け根辺りに向けて折り曲げ、中指で膣内をゆっくりと掻き回しながら親指の先で優しく睦の核とその周辺を愛撫した。睦はそれに高ぶったのか両手で漏れの顔を捕まえて漏れの唇を求めた。漏れが口づけるとすぐに睦の舌先が漏れの舌に絡められた。漏れは睦と口づけ舌を絡ませながら、睦の頭を抱え込むようにして左手で睦の左乳首を愛撫しつつ右手の親指で睦の核を優しく触りながら膣内の愛撫を僅かに激しくした。
「...あっ....だ........め...........。」
そう小声で漏らした睦は、開いていた両脚を閉じようとした。その時、漏れは故意に睦への愛撫を止めた。
「ケイ...意地悪...。...イっちゃいそう...だったのに...。」
睦はそう言うと、漏れ自身を自分の手の平で掴んだ。
「...ケイ...今すぐ...入れて...。」
睦の言葉に従って、漏れは睦に覆い被さり、彼女に口づけつつ舌を絡ませながら、既に内股にまで蜜を溢れ出させた睦の膣内に、ゆっくりと漏れを挿入していった。
漏れを膣内の奥まで呑み込むと、睦は漏れと口づけ舌を絡ませ合いながら、漏れが掻き回したり突いたりするのに合わせて自分の腰を動かし始めた。唇を離した睦は
「ケイっ!」
と漏れの名前を呼びつつ漏れの背中に腕を廻して抱きしめたが、漏れには睦が叫んだ漏れの名前が、漏れの名前ではなくS先輩の名前に聞こえた。そう思うと、漏れは何故か急にサディスティクな気分になった。しかし、サディスティクな漏れの気持ちの矛先は睦ではない。漏れ自身だった。漏れは、漏れと決別するために美枝子に迫られたテツの、その時の気持ちが半分だけ解ったような気がしていた。しかし、残り半分は漏れには絶対に解り得ない。テツは美枝子を想う気持ちを持っていたが、漏れは睦に対して友達としての好意はあるもののそれ以上の気持ちはない。端から客観的に見れば、睦と漏れは単に遊びで寝ているだけだ。
「睦ちゃん...Sでいいよ...。」
睦と交わりつつも自虐的になった漏れは腰の動きを速め、睦を陵辱するかのように静かに言った。睦は漏れに攻め立てられつつそれに応えながら瞳から涙を溢れさせていた。睦の瞳に徐々に溜まった涙は、やがて一筋の線となって睦の頬を流れ落ちた。涙が頬を伝う感触に気付いたのか、睦は漏れの顔を引き寄せ再び漏れの唇や舌先を貪りながら、自らの腰の動きを更に激しくして漏れとの行為だけに没頭しようともがいていた。漏れは上体を起こし睦の開いた両脚の下に自分の両膝を押し込んで睦との結合をより深くするよう努めつつ、両手で乱暴に睦の乳房を揉みしだいた。漏れが睦の乳房を乱雑に扱いつつ乳首を指先で優しく転がすと、睦は更に漏れとの行為だけに没頭していき、躰の導くままに睦は喘ぎ声だけを上げながら二度と漏れの名前を呼ばなくなった。漏れは左手で睦の乳房を虐めつつ右手を睦と漏れの結合している部分のすぐ横の睦の下腹部に添えて、親指で睦の核を柔らかに撫で回した。睦は徐々に痴呆者のような顔つきに変わり、瞳に溢れさせていた涙も全て流れ落ちて乾いていった。漏れに攻め立てられ、それに反応して腰を動かし続けながら躰の感じるがままに喘ぎ声だけを上げている睦は、既に一匹の『メス』に成り下がっていた。
「自分でも触ってみろよ。」
漏れは右手で睦の右手を引き寄せ、睦の膣内を行き来する漏れとの結合部に添えさせた。漏れはそのまま睦の右手を捕まえて、睦の人差し指や中指で睦の核の上を自ら撫でるように導いた。睦は漏れに攻め立てられながら、自分の指で自分を慰め始めると徐々に夢中になっていった。漏れは睦の背中に手を廻し睦の上半身を起こして漏れの腰の上に睦を跨らせた。
「どうなってるか見てみろよ!」
漏れは睦に吐いて捨てるように言って睦の閉じられていた瞳を開けさせた。睦は、漏れに下から突き上げられつつ、自分で自分を慰めるさまを目の当たりにした。
「『S』って呼べよ!」
漏れは激しく睦を突き上げながら、睦に怒鳴った。
「......S●●っ!」
睦はS先輩の名前を叫ぶとそのまま漏れの上半身に自分の上半身を預けて果てた。睦は絶頂を迎えた後も暫くの間、漏れと繋がったまま漏れに躰を預けつつ漏れの右肩に顎を乗せて力なく漏れを抱きしめていた。漏れは睦の膣内で果てるのを我慢した。睦から見れば漏れは『美枝子にとってのテツ』ではないし、漏れから見れば睦は『テツにとっての美枝子』でもない。漏れは睦に抱きしめられつつ、暫くの間、得も言えぬ敗北感を全身で感じ呆然としていた。
そんな漏れを現実に引き戻したのは、睦の瞳から溢れて彼女の頬を伝い、漏れの右肩に滴り落ちた睦の涙だった。
「...ごめん...ケイ...。」
睦の瞳から再び涙が滴り漏れの右肩の上に数滴落ちた。睦は暫くの間、漏れと繋がったままで漏れの右肩に顎を乗せて静かに泣いていた。
睦は泣き止むと、ようやく漏れから躰を離した。漏れの横に横たわった睦は、漏れにも横になるように勧めた。漏れは黙って従った。
「...ごめんね...ケイ...。」
睦は漏れの方に顔を向けて再び同じ台詞を呟いた。漏れには睦が『何に対して』謝っているのかが理解できなかった。謝るくらいなら最初から漏れを誘わなければ良い。
「睦ちゃん、何を謝ってるのさ...。」
漏れは睦に聞いてみた。
「...だって...ケイを...Sの身代わりに...しちゃった...から...。」
そう言うと睦は漏れの左肩から左腕を枕代わりにして漏れに躰をすり寄せた。
漏れはS先輩の身代わりにされたことは、何とも思っていなかった。そもそもそれが睦の目的だったのだ。そんなことは最初から嫌と言うほど解っていた。だから今も、無意識に漏れに甘える睦を拒まず腕枕をしている。
漏れは睦の背中に右腕を廻して睦の躰を引き寄せた。睦の胸が漏れの胸に触れた。
「やっぱり身代わりなのかー。可愛そうな漏れ(笑)。まぁ、それでも良いけどね。」
漏れは努めて笑って睦に答えた。作り笑顔とは対象的に、漏れの内面には、えも言えぬ挫折感や敗北感のようなものが漂い続けていた。しかしそれは睦の心をしっかりと掴んで今でも離さないS先輩に対してではない。美枝子に対して漏れが持っていなかったものをテツが持っていたという事実に対するものだ。つまりは『テツに対する敗北感』そのものだった。
睦は暫く間が悪そうに黙っていたが
「...ケイを誘って...抱かれて...少し...後悔してる...。」
と、突然小声で漏れに言った。
「睦ちゃん、何マジになってるんだよ(笑)。所詮、遊びだろ。自分で誘っておいて後悔されたんじゃ、漏れは適わないなぁ(笑)。」
漏れは相変らず、打ちのめされた内心とは裏腹に、飄々として睦に答えた。睦は複雑な表情で漏れの左肩に頭を乗せつつ漏れの顔を凝視していた。漏れは睦に更に意地悪く
「漏れに抱かれて後悔しているくらいなら、睦ちゃんはまだ諦め切れない訳だ。まあ確かにさっきの睦ちゃんは『心ここにあらず』だったからな。」
と続けた。
その途端、睦の唇が漏れの唇を塞いだ。睦の唇が漏れの唇を貪り、睦の舌が漏れの舌先を弄り尽くした。唇を一瞬離した睦は
「じゃあ、後悔出来ない程、私を惨めにしてよ!」
と漏れに叫ぶと、再び漏れに激しく口づけた。睦の舌先が漏れの舌先を弄んだ。
この時、自棄になっているのは睦だけではなかった。漏れも自分自身の敗北感に自棄になっていた。その矛先は必然的に睦に向かった。
睦に口づけられながら漏れは、睦を仰向けにして強引に乳房を掴んで揉みしだいた。睦が求め続けていた唇を強引に離し、漏れは睦の乳房と乳首に唇と舌を這わせた。すると、睦は漏れを挑発するように自分の手で乳房の下側を支え乳首を舐め回す漏れに突き出しつつ、もう片方の手で自分の核を自分で慰め始めた。その挑発に、自棄になっていた漏れは乗せられてしまった。漏れは左手で睦の右の乳首を弄びながら左の乳首を舌先で転がしていた。そうしながら下腹部を経て一旦内腿に廻した右手で内腿伝いに睦の秘部をゆっくりと目指した。自ら核を愛撫する睦の右手をごと睦の秘部を右手で覆うようにしながら撫で回した後、睦の右手の上から漏れの右手を添えてゆっくりと中指で裂け目を弄んだ。睦の裂け目から、ぴちゃぴちゃと卑猥な音がした。呻き出した睦は漏れへの挑発を止め、抵抗もせずに漏れに躰を委ねていた。しかし睦の硬く睦の閉じた瞳から涙が溢れて流れ落ちているのが漏れには見えた。
「...んっ!」
漏れは睦の涙に構わず、睦の両脚を抱え込むようにして開かせ、強引に睦の膣内に挿入した。睦は黙ったまま膣内に漏れを迎え入れたが、先程のように自ら腰を使おうとはせず人形のようになって漏れに揺り動かされていた。漏れは睦を強姦しているかのような錯覚に襲われつつも睦を強引に攻め続けた。
自暴自棄になっている睦の精神状態とは裏腹に、彼女の膣内を掻き回し続ける漏れに、睦の躰は少しずつ反応して行った。それまで漏れを黙って迎え入れ、なされるがままに呻き声だけを上げていた睦だったが、次第に喘ぎ声を上げ始め自分でも僅かに腰を動かし始めた。
「楽しもうぜ...睦ちゃん。」
漏れは睦の耳元で彼女の耳朶やその周りに舌を這わせながらあえて卑猥に呟いた。漏れの舌が耳朶に触れると、睦は
「んっ!!!」
と声にならない声を上げて喘ぎつつ躰を硬直させた。睦の膣内が一瞬漏れを締め付けるのが解った。両脚を漏れの肩に持たせ掛けるようにしながら漏れになされるがまま突かれつつ掻き回されていた睦だったか、弱い耳元を攻められて躰に精神を支配されてしまったのか、両脚を大きく開いて漏れを更に膣内の奥深いところまで迎え入れようとした。暫くすると睦は、自分の乳房と乳首を自分の両手で愛撫していた。
「ケイ...抱きしめて...」
睦が両手を漏れに向けて伸ばした。漏れが上体を睦の上半身に持たせかけると、彼女は両腕を漏れの背中に廻して漏れの上半身を更に引き付けた。漏れも睦の背中に手を廻し入れ、抱きすくめつつ腰で大きく突き動かした。睦も漏れの腰の動きに合わせて自分の腰を大きく動かしている。睦はたまらなくなったのか漏れの唇を求めた。漏れが口づけると、漏れに膣内を攻め立てられつつも、睦は漏れの唇や舌を貪りつつ喘いだ。
突然唇を離した睦は
「.....いっ.....く........ぅ.......」
と、言葉とも吐息とも取れる声を漏らして漏れにしがみついた。睦は同時に大きく開いた両脚に力を入れ爪先を無意識に立てた。睦の膣内が急速に狭くなるのを感じながら漏れは睦の膣内に奥深く挿し込んで、睦の中に撒き散らした。漏れが果てると同時に、睦の全身から力が抜けていくのが感じられた。
睦は荒い息遣いが治まっても漏れと繋がったままで余韻を楽しむかのように漏れの背中に腕を廻したまま、静かに呼吸していた。それは睦が漏れと寝たことを遊びと割り切ったが故の行動のように漏れには思えた。
睦は閉じていた瞳をゆっくりと開いた。睦は漏れの頭に右腕を廻して漏れの顔を睦の顔に近づけ、漏れに軽く口づけた後、
「...帰ろっか...。」
と静かに漏れに言った。
漏れは睦の膣内からゆっくりと漏れを抜き去った。漏れが完全に睦の膣内から離れると、睦の秘部からドロっと白濁した漏れの残骸が吐き出され睦の股間をゆっくりと滴ってシーツの上に流れ落ちた。股間に残った漏れの残骸を睦は右手の指先で拭った。
「...ふ〜ん...。ケイって意外と『ケダモノ』なんだ...。」
指先に纏わり着いた漏れの残骸を指を捏ねるようにして弄びながら眺めつつ、睦が漏れに小悪魔のような顔で微笑みながら言った。漏れには返す言葉が見当たらなかった。何故なら漏れは睦を抱きながら、睦のことなど何も考えず単に自己批判のフラストレーションと自己の性欲の捌け口として睦の躰に没頭していたに過ぎないからだ。それはきっと睦も悟っていたに違いない。
「ごめんね、ケイ...。無理矢理抱かせちゃって...。」
漏れの内心を察するように睦は優しく漏れに言った。その台詞が漏れを更に惨めな気持ちにさせていた。睦は自ら漏れに求めたように、漏れに抱かれて『後悔出来ない程惨め』だったのだろう。睦が求めたS先輩への気持ちの決着は、こうして彼女の希望通り陰惨なものになっていた。漏れは彼女が意図した『裏切り』に加担したことを、今更後悔していた。
深夜、ホテルを出た睦と漏れは、睦の運転するEP82に乗って市街地を離れ市街地南部の郊外の高台を走る広域農道を闇雲にドライブしていた。睦は、まるで漏れに抱かれたことなど忘れてしまったかのように、漏れを『誘う前』の睦に戻っていた。他愛のない世間話をしたり、相変らず下世話な冗談を言い合ったりしていた。お互いにその方が気が楽なのは確かだった。睦と漏れはその日の時間の一部を忘却の彼方に押し遣ることを暗黙のうちに了解していた。
眼下に市街地の明かりが見渡せる直線に出ると、睦は不意に崖側のエスケープゾーンにEP82を停車させた。EPが停止すると睦はヘッドライトを消し、EPのキャンバス・トップを開放した。少し肌寒い空気が車内にゆっくりと流れ込んできた。
睦と漏れは、黙ったまま開いたルーフから夜空を見上げた。EP82のキャンバス・トップを開けて見上げた夜空は相変らず春霞がかかり霞んでいた。透明なようで不透明な夜空は、ひた隠しにお互いを偽り合う睦と漏れの心を写す鏡のように見えた。
【本編は、現実と似通った人や団体、または物品が登場したり、あるいは仮に公表時(2005年2月)より15年程前に似たようなことが現実にあったとしても、フィクションです。】