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INTEGRA  (執筆:「元バイク乗り」氏)


赤いフルカウル付のオートバイを見る都度、漏れはあの夏の日を思い出す。全てがスローモーション。夏の終わりなのに、全てがセピア色のあの苦々しき想い出を...。

「ケイくん、調子はどうなの?」
納品されたばかりのJOGのボディに塗られたグリスを落としながら、さっちゃんが言った。
「さてどーでしょーかねー(笑)」
エンジンがかからないと持ち込まれた初期型のSR400の、洗浄したばかりのキャブレターを組み立てながら漏れは答えた。明日はショップはお休み。雇われ番頭のカクちゃんとさっちゃん、そして漏れはフリー走行に鈴鹿に行くことになっている。
さっちゃんとは、このバイクショップの店員。本名は幸子。漏れより2歳年上。既に離婚歴がある。「幸せな子の筈なのにいつも不幸なのよね」が彼女の口癖である。さっちゃんはこの冬までは俺を名前で呼んでいたのに、この夏に入ってから俺を名前で呼ばず、何故か名字のイニシャルで呼ぶ。「だって名前で呼んだらありきたりでしょ(笑)」と、妙なところに変にこだわる。
カクちゃんこと、このショップの雇われ番頭は、ロードレースがやりたくて以前勤めていた会社を辞めてこのショップで働いている。漏れはといえば大学生。地方三流(いや四流?)大学に籍を置きつつも、細々とノービスライセンスなど取得して125ccでレースの真似事などをやっている。体制的には厳しく、結局このショップ(正確には番頭のカクちゃん)がバックアップしてくれるので、大学の長期休暇はここでアルバイトをしている。アルバイトを始めたのは実は高校時代からだ。
カクちゃんは普段、CB750Fに乗っている。ツーリングにも良く一緒に行く。さっちゃんはカワサキのKLに乗っていたが、漏れが白いVT250Fを買ったら早速「乗せろ〜!」とせがみ、その直後、「それって楽しくていいよねー」と、何故かフルカウル付の真っ赤なVT250F INTEGRAを選んだ。
さっちゃんはレースはやらないが、カクちゃんと漏れが練習に行ったりレースに出る際には、必ずヘルパーとしてついて来てくれる。カクちゃんの彼女という訳でもない。だってカクちゃんには仲の良い嫁さんがいる(笑)。明日の練習も、カクちゃんと嫁さん、そしてさっちゃんと漏れの4人で出かけることになっている。
その日の仕事が終わりカクちゃんと漏れは翌日のためにバイクを積み始めた。カクちゃんはTZ250、漏れは分不相応にも何故かRS125W。このRSは登場したばかりだが、ショップの社長が他店に出戻ってきたものを掠め取って来てくれたものだ。ちなみに遠征時の積車には社長がショップの3トン車を貸してくれる。しかも燃料負担で。
「おまえらも若いよなぁ...」
そういいながらレーサー2台とスペアパーツ、工具類を積むのを手伝ってくれる。
「いつもすみません」
カクちゃんの社交辞令が今日も始まる(笑)。現物貸与&支給とはいえ、大事なスポンサー様だ。
「いいか、いつもの通り、駐車場の目立つところにコイツ(積車)を停めろよ。営業車ってのは走る広告塔なんだからな(笑)」
そう言いながら高らかに社長が笑うのもいつものパターン。さっちゃんといえば、それを傍目で楽しそうに眺めつつ、タイム計測用具の準備をするのもいつもの光景だ。
深夜出発・早朝到着の鈴鹿。漏れはいつもさっちゃんのブルドック(シティターボII)のナビ席で寝ていく(<=これこれ...)。カクちゃんは積車のナビ席に嫁さんを乗せて運転。鈴鹿に着くと、カクちゃんの嫁さんと漏れは、カクちゃんとさっちゃんからステレオで「もまいらいつも安らかに寝ていやがって!」と、どやされる(笑)。 フリー走行は時間枠で走行時間帯が決まっている。1時間の時間枠があるがフルに走っている訳ではない。短期集中。そうしないとライダーもオートバイもヘバってしまう。今日は全体の台数が少ないのか、TT3(4サイクル400cc改造)までが混走だという。排気量が倍のカクちゃんのTZと一緒に走るのだって危険なのに、これに普段別時間帯で走っているTT3の連中が混ざるとなると不安が募る。同一排気量で走行する連中はある種の顔見知りで連帯感があり、お互いに何を考えているのかは走行中でも「あ・うん」の呼吸で解る。しかし、トップスピードが明らかに異なる上に、知らないライダーと混走すると相手の性格が解らないから不安だ。しかも、最近の耐久ブームでTT3のライダーはスキルの格差が大きい。フリー走行とはいえ、負けず嫌いの集団がゆえ、コーナーワークで格下排気量に負けたくないのは誰でも当たり前。そういった心理的状況が手伝ってか、フリー走行開始後に様子を見ていると、やはりTT3と純粋レーサーが絡んでの転倒者が今日は多い。
「何ブルってるの?柄にもなく(笑)」
漏れの様子がおかしいのを悟ってか、心配してさっちゃんが声をかけてくれる。
一緒にコースの様子を見ていたカクちゃんが
「そろそろ行くか?」
と漏れに声を掛ける。レース経験の長いカクちゃんは、いつも1〜2周漏れをひっぱって走ってくれるというトレーニングをしてくれている。ストレートではまったく勝負にならないが、カクちゃんはそれを解っていて、コーナーを抜けて暫く加速した後、スローダウンして漏れを待っていてくれる。そんなことを続けていれば、自分のTZへの負担が増えるというのに...。
「今日もカクちゃん、練習にならないなぁ...」
そう思いつつ申し訳ない顔をしていたのか、さっちゃんがまたもや元気付けてくれる。
「全く、今日はどうしちゃったのよ。『度胸だけで走ってる』っていつも言われてるアンタがどーしたのっ!さあ、いってらっしゃい!」
さっちゃんの言葉に後押しされて、漏れはカクちゃんに続いてコースインした。
今日もカクちゃんはトレーニングしてくれる。全体の台数が少ないからと400cc以下が混走となり、いつもより過密なコース内で、他車との「間合い」を見切りながら上手く引っ張ってくれる。フリー走行ではフルコースを走る訳ではなく、東コースのみ。それでも最終コーナーを立ち上がってからの長いストレートでは、125ccなどすぐに吹けきってしまう。カクちゃんについて1周引っ張ってもらったところで、全開に移行したカクちゃんはストレートのはるか彼方に消えてしまった。
全開から1コーナーに飛び込んでいくと、漏れのラインにTT3のCBXがかぶさってくる。ヤバい!接触する!その瞬間、フロントブレーキを一瞬ロックさせてしまった漏れは、その拍子にハイサイドを起こしそのまま1コーナーのエスケープゾーンにはじき出された。
エスケープにはじき出されたら再びコースには戻れない。RSの損傷もある。仕方ない。走行時間終了までお迎えを待とう。
所定時間終了のチェッカーが振られ、その後コース上に残された転倒者を拾い上げに積車が廻ってくる。オートバイごとそれに乗り込み、パドックへ戻っていくのである。
「ばぁ〜か!あんなところで逝っちまいやがって(笑)」
戻るなりカクちゃんにバカ笑いされちまった。RSはカウルなど既にボロボロ。
「一コケ『ン万円』コースになっちまっただ... (;´д`) 」
と漏れも愛想笑いをするしかない。そう言った途端、さっちゃんが蒼褪めた顔でこう言った。
「まだ出血してるじゃないの!」
さっちゃんに言われて初めて気がついた。道理で右足に生暖かい感触がする訳だ。ブーツを脱ぐとふくらはぎあたりの皮ツナギが裂け、足元まで血が滴っている。しかし不思議と痛みはない。いや痛みどころか感覚がないのだ。
「さっちゃん病院!」カクちゃんは漏れを病院に連れて行くようさっちゃんに指示した。さっちゃんはコースマーシャルに救急病院への道順を聞いて、漏れを病院までブルドックで搬送した。
漏れは結局、病院で速攻5針縫われた。なさけない...。
「カクちゃん心配してるといけないからとにかく戻ろう」
そういうさっちゃんの声も耳を素通りしていくほど、漏れは落ち込んでいた。
パドックに戻ると、カクちゃんが丁度帰り支度を終えたところだった。
「すみません。漏れが馬鹿やったせいで...」
「仕方ないさ、誰しも始まりってモノはあるんだから。」
カクちゃんが笑って慰めてくれる。
「さっちゃん、そのバカそのまま送っていってやってくれ。そいつのRSは俺が店に持って行っておくから。今日は反省会はなしってことで。」
いつもは帰り道の決まった喫茶店で馬鹿騒ぎして帰るのが通例になっていた。
「足が遅いし戻ってオートバイを片付けるから先に出る」と言い残したカクちゃんとカクちゃんの嫁さんにお詫びしながら見送る漏れ。カクちゃんの嫁さんの「いちいち気にしてたらコノ人なんていままで続けていられないよ♪」という言葉に救われつつ...。
「さてケイくん、こっちもいっちょ帰っちゃうか!」
さっちゃんが明るく言った。
さっちゃんは普段はオートバイもクルマも「どけどけ〜!」的運転をするのだか、今日は違っていた。シフト操作をする都度、漏れの右足が目に入るせいか、いつもよりゆっくりと丁寧な運転をしてくれている。
「今日は飛ばせないよねー。ところで足はどーなのさ」
さっちゃんが尋ねる。
「いやぁ、どーもこーもなくって...へへへ...」
照れ隠しに笑うしかない。
「でもさー、命があって良かったよねー。ウチのダンナなんか死んじゃったんだからさぁー」
そう言ったさっちゃんの顔には『しまった!』と書いてあった。
「ダンナが死んだって...さっちゃん離婚したって言ってたじゃん...」
「いーの!ガキは細かいこと気にしなくてっ!」
怒ったようにそう言い捨てたさっちゃんの瞳から一筋の涙が流れたのが見えた。さっちゃんは暫くブルドックを黙々と運転していたが、そのうちに速度を落としてR23の路肩に停止してしまった。そしてステアリングに顔を伏せて暫くの間すすり泣いた。漏れはどうすることも出来ずに黙ってそれを見ているだけだった...。
これがあのさっちゃん?気丈でイケイケで怖いもの知らずで男勝りで色気より勝気のさっちゃん?泣き出したさっちゃんを横目で見ながら、さっちゃんが別人のように思えた。
暫く泣き尽して、さっちゃんはいつものさっちゃんに戻った。
「ゴメン、ケイくん。別に隠してた訳じゃないんだけど、私のダンナさぁオートバイで事故起こして死んじゃったんだよ。お客さんが気を遣うから内緒にしてたんだ。だって私あのショップの看板娘だし(笑)」
きっと社長の配慮だろうと漏れは思った。さっちゃんが新年早々一月ほど店を休んだことがあったのは聞いて知っている。漏れはその時のことを社長やカクちゃんから「離婚のゴタゴタ」って聞いていた。漏れはショップに長期休暇ごとにバイトに入っているので、それ以外の期間のことは全く解らない。
さっちゃんのダンナの話題に漏れが触れないよう、漏れにも「そういうこと」にしてあったのだと自覚するのは容易なことだった。
「この際だからバラしちゃおうか。」
ブルドックを再びスタートさせたさっちゃんは言った。さっちゃんの顔はさっきと違って吹っ切れていた。
「ダンナさぁ、●宮山で事故って逝っちゃったんだ。」

この冬、漏れはやっぱり今のバイクショップでバイトをしていた。そのバイトで貯めたカネと貯金を果たいて念願のVT250Fを手に入れた。それまで親に内緒で中古で購入して乗っていたFX(カワサキZ400FX)はあまりに軽快感を欠いたためだ。手に入れてから暫く、冬休みの間は毎朝●宮山に通った。練習のためだ。社長からは間もなくRS125Wが手に入りそうだと聞いていた頃だ。本来なら公道で練習などご法度なのだが、若気の至りからなのか、単にスリルを求めてなのか、漏れは毎朝、日の出前から●宮山の峠道を走り回っていた。実は●宮山を走り出したのはもっと以前からだった。
何処の峠(やま)にもそこでは有名なライダーがいる。250Γ(ガンマ)を手足のように操るその男に出会うのは簡単だった。いつしか仲良くなって彼の背中を見ながら走るのが毎朝の日課になっていた。名前も知らない明らかに年上の彼は、漏れに様々な手ほどきをしてくれた。
「ふぅーん、レースやりたいんだ。じゃあこんなところを走り回ってたって無駄だよ...」
彼は漏れによくこう言ってくれたものだ。
その日の朝、いつもの通りいつもの場所で、漏れは250Γの彼と示し合わせる訳でもなく合流した。12月の末とはいえ暖かいこの地方では、滅多に路面が凍ることはない。しかし、この日はいつもと違っていた。
「切り返す時の車体の引き起こしが遅くてスムーズじゃないんだよな。もっと手前から予測して荷重を移さないからハナが入っていかねーんじゃないの?」
S字で漏れが彼に大きく離される理由を彼はこう解説してくれた。
「じゃあさ、そこで見てろよ」
そういって彼は250Γに跨って、漏れの視界から消えていった。暫くして峠のピークからダウンヒルを駆け下りてきた彼が疾風のように漏れの前を通過していった。速い...。確かに彼と漏れの違いは引き起こしのタイミングの違いにある。疾風のようにS字を駆け下りていった彼は漏れの視界から再び消えた。
そしてそれが「生きている彼」を見た最後になった。

彼が下って30分待っても、彼は戻ってこなかった。
「そのまま帰ったんだろう」漏れはそう思った。そして一般車が少しずつ走り始めた峠道を漏れも下ることにした。
暫く走ると、先に走って行った軽トラックが路肩に止まってドライバーがガードレールの下を見ていた。傍らにはあの彼の250Γがフロントアンダーステム以下のフォークとタイヤが千切れて「無くなった」無残な状態でガードレールに挟まっていた。慌ててVTを停め、軽トラのドライバーに走り寄る。
「知り合いのバイクなんですけど、運転していた彼は?」
「どうやら下に落ちたみたいだ。知り合いならなおのこと、急いで下に降りて救急車呼んできてくれ!」
漏れはその言葉に従った。
軽トラと接触した訳ではないらしい。左コーナーで足元を掬われ、そのまま転倒した状態でガードレールの支柱に激突した拍子にFタイヤがフォークごと折れて、乗っていた彼と一緒にガードレールの隙間をすり抜け転落したらしい。路面に残った転倒痕がそれを物語っていた。公衆電話を見つけ119番に通報した。すぐさま現場に戻ると、軽トラのドライバーが呼んだのか、峠の先にある集落の消防団が現場に着いていた。
「ダメだ!頸が千切れているぞ!」
崖下まで降りた消防団員が大声で叫んだ。間もなく彼の頭部は、ヘルメットに納まったままの状態で胴体から離れて発見された...。

「これに懲りてオマエもくだらない遊びは辞めることだな!」
事情聴取で出頭を求められ説教を貰いまくった所轄の警察署から解放される際、担当の警察官は善意で漏れにこう言ってくれた。
名前も知らない彼は、その日、帰らぬ人となった...。

さっちゃんの話から、その彼がさっちゃんのダンナであることが解った。彼が亡くなった際、さっちゃんは結婚して暫くが経っていた。さっちゃんが漏れにダンナが死んだことを伝えなかったのは、漏れに心遣いをしてのことなのだろう。さっちゃんは、ダンナの生前、ダンナから漏れのことは聞いて知っていた(当然、彼(=ダンナ)には漏れの口からバイト先のことも話していた)。どうやら「公道の師匠の突然の死を目の当たりにしてショックを受けた漏れ」にショップぐるみで大嘘をついてくれた訳だ。さっちゃんは言った。
「お店のみんなには、私が白状したってこと、内緒にしておいてね」
素直に漏れがその言葉に従ったのは言うまでもないことだった。
とはいえ、さっちゃんの口から出た、約半年前の出来事の真相。それは漏れの精神状態を崩壊させるには十二分だった。丁度、局部麻酔が切れかけていたせいもあり足には激痛が走っていたが、それ以上に痛いのが漏れの心だった。気がつくと漏れはブルドックのナビ席で声をあげて泣いていた。さっちゃんは気遣いからか、黙々と運転を続けていた。
「折角だから会っていく?」
さっちゃんが突然漏れに言った。どういう意味か解らなかったが、とにかく漏れはそれに頷くのが精一杯だった。着いた先はさっちゃんのダンナの実家だった。さっちゃんのダンナ、つまり250Γの彼の両親は、さっちゃんが漏れのことを「仲の良かったバイク仲間」として紹介してくれたせいもあってか、突然の訪問にもかかわらず歓迎してくれた。
位牌と並ぶ250Γと一緒に写る彼の遺影に手を合わせた。終わると、彼の両親が生前の息子の様子を聞きたいと仰るので、漏れは彼との想い出を長い時間彼の両親に話した。彼の両親も彼から漏れのことを生前聞いていたようだ。長い時間、彼との想い出話を話した後、漏れは「彼の死の一因は漏れにある」と彼の両親に詫びた。だってそうだろう、彼は漏れのために模範走行してくれたのだから。少なくとも漏れは、あの事故以降、ずっとそう考えていた。が、即座に彼の両親は漏れを一喝した。「それは違う」と。そして「キミは息子のように死なないでくれ」と言った。さっちゃんは漏れの横に座って、漏れと一緒に頭を下げてくれていた。
帰り道、
「良いご両親でしょ。私のことを今でも実の娘のように扱ってくれるのよ。でね、私には『幸子さんはまだ若いんだから息子のことは早く気持ちを整理して幸せになって欲しい』とまで言ってくれるの。」
さっちゃんは帰り道にこうつぶやきながら、また涙を流した...。

何事もなかったように二週間程が過ぎた。漏れは「怪我?!んなモン平気さぁ!」と痩せ我慢をしながら相変らずバイトに精を出していた。
土曜日、さっちゃんが漏れに突然こう切り出してきた。
「ケイくん、明日ヒマ?たまにはツーリングに行こうよ。」
二週間前のことで実はまだ半ば精神が混乱状態だった漏れには唐突な申し出だった。
「じゃ、カクちゃんヒマだったら一緒に誘って」
と慌てて漏れが言うと
「たまにはナナハン抜きで同じVT同士で良いじゃない。私と二人でツーリングに出かけると彼女が怒るかな(笑)」
さっちゃんはあえて意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。
この時、漏れには高校時代から続いていた彼女がいた。だが、距離も離れたせいもあって既に冷え切っており、大学には別の彼女もいた。
「大丈夫でしょ、アイツはさっちゃんのことも知ってるし...」
『Yのテンション(by安全地帯)(<=Yの後はZしかない=終わりが近いということ)』を保っている彼女の顔が一瞬脳裏に浮かんだが、それを深く考えられるほど、漏れの心は晴れていなかった。結局、漏れは複雑な気持ちのまま、さっちゃんと晩夏に初秋を求めるツーリングに出かけることになった。

日曜日早朝、集合場所は何故かバイクショップの前にした。晩夏とはいえまだまだ暑い9月、それでも朝の風は初秋を感じられるほど涼しい。程なくしてさっちゃんが真っ赤なカウリングのINTEGRAでやってきた。エンジンを切り、サイドスタンドを立てたさっちゃんが「おはよー」と漏れに声をかけた瞬間、ショップのシャッターが開いた。社長だった。
「早く目が覚めたからって新聞取りに来てみれば...。若いモンはいいねぇ、ライダーらしくツーリングdeデートかぁ...」
社長は漏れがさっちゃんのダンナの件をまだ知らないと思っている。朝からあからさまに茶化す。
「さっちゃんはいろっぺーからな...。いいかケイ!手ぇ出すんじゃねぇぞ!(笑)」
そう言って社長は見送ってくれた。
早朝から出かけた行き先は安曇野。実は漏れも当日朝まで行き先を知らなかった。出発間際に「じゃ、ここ行こう!」とさっちゃんが示した先は大王わさび園だった。「信州は涼しいぞぉ〜」って言いながら。
長野県に抜ける道はいくつかの経路がある。そのうちの1本がさっちゃんのダンナ、250Γの彼が亡くなった例の峠道だ。先行して走ることになった漏れは、当然に違うルートを選んだ。選んだルートの方が険しく道幅の狭い走り辛いルートだったが、それは止むを得ないことだろう。
県境を過ぎてR153に到達する。ここで小休止。
「二つ違いって言ってもやっぱ若いよなー。わざわざ『楽しい峠道』の方を選んじゃうんだもん(笑)」
さっちゃんはそう言って笑っていた。
「大丈夫、意識して避けたとは、さっちゃんは思ってない」
漏れは心の中でそうつぶやいた。
そこからはなるべく幹線道路を避けて、地図を頼りに都会を離れた風景を楽しんだ。後続のさっちゃんが突然漏れを追い越して漏れを焦らせてみたり、2台のVTを交換して乗って行ったりした。あちこちフラフラしながらののんびりした旅だったが、それでも午前中のかなり早い時間に安曇野に着いてしまった。開園まで待って、さっちゃんが目的とするわさび園を歩き回った。
「ほらほらケイくん、わさびってこう生るんだねー知ってたー!」
さっちゃんは修学旅行の女子高生のようにはしゃぎまわっていた。この頃、まだオートバイに乗る女性は少なかった。それに加え、さっちゃんは小柄だ。さっちゃんのINTEGRAは「足が届かなくて立ちゴケするから」と、シートが加工してある程だった。シート加工をしたのは勿論社長である。職人技の綺麗な仕上がりだ。
さっちゃんはセミロングの髪を後ろで結んで、赤・白ツートンのクシタニのツナギに赤ベースに白ストライプのヘルメット(SHOEI製TASK−II)。実は漏れのウエアも全く同じ。「纏め買いがお得」と社長にそそのかされ、一緒に仕入れて貰ったものだ。少しばかりの違いといえば、漏れのツナギはメンズ(ちなみにSサイズ)だが、さっちゃんのウエアはレディス用セミオーダーの2ピースで、ストライプの入り方が若干違うことと、さっちゃんのブーツは赤で漏れのブーツが黒ってところだ。
漏れは長髪(注:今と違って肩まで髪があったのでオートバイに乗っているとよく女性と間違われた)でほぼペアルックの小柄な二人。それが、じーさん・ばーさん、家族連れの観光客の中を異様な皮ツナギで闊歩している。目立たない筈はない。同年代も稀にいて、殆どが最初は女性ライダー2人と遠目では見えるのだろう。傍に近づいてきて漏れを男性と認識し、ペアルックのツナギを見てがっかりしている(笑)。
さっちゃんはメイクも殆どしないスッピン仕様(笑)が通例だが、決してブスではない。少し気の強そうな顔立ちで、どちらかといえば美人タイプに分類される。胸は小さめだがそこそこ張りはあるし、お尻は少し大きめ。社長をして『いろっぺー』と評価させるのは、この日本人的な安産体形(笑)が言わせるのだろう。
好奇の目に晒されていることを物ともせず、さっちゃんは「あっちに行こう」「こっちを見よう」「きゃはははっ!」と相変らずはしゃぎまくっていた。ショップ仲間でツーリングに行くときは、これまで必ずカクちゃんが一緒にいた。3人3台で出かけたこともあったし、ショップのお客さんが一緒の時もあった。さっちゃんと2人だけで出かけたのは、これが初めてだった。
「何だか恋人同士のツーリングみたいだね♪」
さっちゃんが突然漏れの腕に自分の腕を絡ませて、少女のような顔で言った。

「ケイくんの住んでるトコ、見たいな♪」
漏れの腕に自分の腕を絡ませながら、さっちゃんは突然こんなことを言い出した。
「ねっ、良いでしょ。まだ午前中だし。今から行けば間に合うから。ついでに八ヶ岳も見たいなぁ。」
わさび田で、はしゃいでハイになったのか、さっちゃんは野辺山経由で漏れの住む(大学のある)街に行こうと言い出した。
「でもその前に、わさびソフトクリーム食べよう!」
さっちゃんは今日も陽気だ。
松本から丸子・佐久を経てR141に向かうVT2台。漏れは相変らず前を走ってさっちゃんは後をついてくる。漏れにはもう慣れた道だ。馬流から野辺山高原まで駆け上がると、そこは高原に広がる直線道路。さっちゃんが後から追い上げてきて横に並ぶ。
「気持ちいいねー♪」
ヘルメットの中でさっちゃんが大声で叫んでいるのが解った。
清里まで下り、ROCKというログハウス風のカフェレストランに立ち寄る(注:現在は取り壊されて地ビールレストランに生まれ変わっている=現店長は2004年、ラリージャパンを完走したツワモノ!)。2階の店舗に置かれているBSA風にカスタマイズされたSR400(エンジンは500ccに換装)を眺めながら名物のカレーを食べる(注:このメニューは今でもある)。気さくなマスター(当時)も大のバイクフリーク。マスターとは面識があった漏れがさっちゃんを紹介するとバイク談義に花が咲いた。
「てめーの彼女は眼鏡かけたちっちゃい子だったろ!年上の彼女に『また』乗り換えたのかぁ〜?!」
とマスターにからかわれる。大学に入って出来た彼女を以前連れてきたことがある。が、何故かさっちゃんもまんざらではない様子で
「そーでぇーす!乗り換え『させ』ましたぁー!おとなのみりき(=魅力)の勝利どぇーす!」
とはしゃいでいる。

ROCKを出てR141を韮崎に下る。R20に乗り韮崎の市街地に入った辺りで徐々に雲行きが怪しくなってくる。双葉でR20を離れ双葉町の市街地を突っ切る県道に入った辺りでそれはやってきた。雨が突然降り出す。盆地特有の夕立である。カッパなどを着込んでいる暇もない。物凄い降りである。信号待ちで車列の先頭まで出て来て横に並んださっちゃんがこういった。
「あ”〜...びしょぬれ!さいてーっ!!!」
「こーゆーの降るんですよ」
「なんてトコに住んでんのよケイくんは!おかげでびちゃびちゃよ!気持ち悪いったらありゃしない」
さっちゃんは何故か笑顔のまま大声を張り上げた。そして突然、
「ケイくん!決めた!雨宿り!ついて来なさいっ!!!」

吐き出すように言ったさっちゃんは信号が変わった途端、交差点をそのまま左折した。慌てて後を追うことになる漏れ。さっちゃんの後を追いつつ、後姿に「う〜ん...しゃちょーが言うように、確かに『いろっぺー』腰つきだよなー」などと不謹慎なことを考えつつ...。土砂降りの中、交差点を突然左折したさっちゃんは、すぐ次の路地を右折した。右折するとそのまま建物の中に入って行った。その建物は1階が駐車場。駐車場の入口にはビニールの幕が垂れ下がり、入口真上には大きな自由の女神が聳え立っていた。さっちゃんが空き駐車区画にINTEGRAを停めた。漏れもその横に滑り込んだ。2台のVTのVツインサウンドが共鳴しながら駐車場に響き渡った。エンジンを切りヘルメットのバイザーを開け、既にタンクバッグを外してINTEGRAから降りて入口に歩き出そうとしたさっちゃんに向かって漏れは叫んだ。
「さっちゃん!ここラブホじゃん!!!」

さっちゃんは漏れの言葉を無視してそのまま進んで行く。慌てて後を追う漏れ。
「まだ時間が早いからいっぱい空いてるねー。ケイくんどこが良い?」
部屋選択パネルの前でさっちゃんは無邪気に笑った。漏れは困惑して答えようがなかった。
「ここにしよー。おねぇさんの独断と偏見!」
さっちゃんは南国風の壁画のある部屋を選んだ。
部屋に入るとさっちゃんは「何よ、エアコン効き過ぎ」と独り言をいいつつエアコンのスイッチを切ってからバスルームに直行した。程なくして出てきて
「お湯溜めてるからお風呂に入ろう!」
とにこやかに言う。
確かに、急な土砂降りでズブ濡れになり気温はそこそこ高いのに寒気がする。と、突然、目の前でさっちゃんはクシタニの皮ツナギを脱ぎだした。「やーねぇ...びちゃびちゃ...傷んじゃうじゃない...」とまたもや独り言をいいながら。
漏れの眼前にTシャツとショーツ姿のさっちゃんが現れた。あまりのことにそのままそこに佇む漏れ。
「ちょっと、ケイくん?何ボーっとしてるのよ。ははぁ...さてはおねぇさんのおとなの魅力に悩殺されたな(笑)」
確かに...『このままごはん三杯はいける(ぉぃ)』とその台詞を否定できない漏れ。突然の出来事にあっけに取られボーっとしている。
さっちゃんは笑いながら再びバスルームの中に消えた。そしてまたバスルームから出てくるなり
「ケイくん、お風呂入れるよ♪バスタブ広いから一緒に入ろう!そのままだと風邪引いちゃうよ(笑)」
と言うなり、再び漏れの眼前でTシャツ、ブラ、ショーツを脱ぎ捨て、バスルームに消えていった。
嵐の中で起きた嵐のようなさっちゃんの言動に、漏れは相変らず当惑していた。
「...どーしたのー?テレてたって仕方ないじゃない。緊急避難よ緊急避難っ!」
さっちゃんの弾んだ声がバスルームの中から聞こえてきた。
「そうだよな、緊急避難だよな...。」と無理矢理気持ちの整理をつけつつ、漏れは皮ツナギ、Tシャツ、下着を脱いでさっちゃんの待つバスルームに向かった。
さっちゃんは既にバスタブに浸かっていた。とはいえ良く見えない。漏れは近視で眼鏡を取ると殆ど見えないのだ。さっちゃんはそれを知っていた。
「ケイくん、変に転んだりしないでね(笑)」
さっちゃんは漏れの様子からそれを察して気遣ってくれる。
軽くシャワーを浴びるとさっちゃんがバスタブ奥に移って手前を空け、漏れを招き入れてくれた。かなり動揺しつつも漏れはさっちゃんの横に滑り込んだ。温かい...。冷えた体が温まって行くのがわかる。
「ったく...ケイくんってば一体どういうところに住んでるのよ(笑)」
バスタブに並んで浸かりながら、さっちゃんはまた漏れにさっきの台詞を繰り返した。その言葉にさっちゃんの側を見ると、さっちゃんの小ぶりだが張りのある胸が水面ごしに漏れの視野に飛び込んできた。いくら近視とはいえ、この距離ならはっきりと見える。このままだと早々にのぼせそうだ(汗)。
雨は相変らず激しく降り続いている。バスルームの小さな窓を雨粒が音を立てて叩いている。漏れは相変らずのぼせそうなのを我慢しつつ
「こういう土地柄なんですよ、盆地だから...」
と答えるのがやっとの有様。
「片岡義男の小説みたいだねー。狙ってやったって訳じゃないけど(笑)」
さっちゃんにそう言われて漏れもそのワンシーンを思い出した。
「そういえばあれも信州のツーリング。丁度物語のオープニングにあたる場面だよね。でもあれは、コウの傷心旅行みたいな(笑)。コウとミーヨが出会うのが信州の混浴の温泉...。」
「そうそう!やっぱり読んでるじゃない(笑)」
そういって、さっちゃんは漏れの傍らで微笑んだ。つられて漏れも笑い返した。
「ああいう出会いって憧れるよねー」
さっちゃんは今の状況と小説をオーバーラップさせているように思われた。しかし、ここは小説の世界と違って、見知らぬ男女が偶然出会った混浴の温泉ではない。
「緊急避難(?)とはいえ、ここはラブホなんだよな...」隣で無邪気に微笑むさっちゃんを見ながら、漏れは複雑な心境に陥った。
暫く複雑な心境で相変らず当惑しつつバスタブに浸かっていた漏れは、次の瞬間、我が耳を疑った。
「やっぱり狙ってやったのかな?(笑)」
さっちゃんは唐突にこう言い放った。
「今日はね、とっても楽しかったんだよ。朝からしゃちょーに冷やかされたし、安曇野のわさび田では腕組んで歩いちゃったし、お昼を食べたお店では『恋人です』宣言しちゃったし(笑)」
漏れの混乱と当惑はさらにフルスロットルで加速した。
「でね、突然雨が降って来て、どうしようかって思ったら丁度ここが見えて...イケナイ女よね、私って...ケイくんを振り回しちゃったっ!」
さっちゃんはそういうと躰を傾けて強引に漏れにキスした。
バスの中で裸の女にキスされたくらいで動揺するほど漏れはウブではなかった。しかし、相手はさっちゃん。バイト先の先輩であり、レースのヘルパーであり、今日だって誘われるがままにツーリングに出ただけだ。美人だから誘われても嫌な気はしない。むしろ光栄だ。でも、この行動はいかにもさっちゃんらしくない。さっちゃんは普段はもっと強気でもう少し荒っぽくて、そしてもっと勝気だったはずだ。これでは単に『可愛い女』だ。困惑しつつ、なされるがままになっていた漏れの唇を押し分け、さっちゃんの舌が入ってきた...。漏れはそれを受け入れつつ、さっちゃんを抱きしめた。バスタブのお湯の浮力が重力を狂わせ、さっちゃんの華奢な躰は漏れの体の上に乗った。さっちゃんのキスは少しずつ激しくなっていった。さっちゃんはふと唇を離し、
「今日だけ恋人でいいよね...」
そう言ってもう一度、前より激しく漏れにキスてくれた。漏れにはそれを拒もうという気持ちは、もう既になかった...。

さっちゃんの激しいキスを受けながら、一瞬、漏れの脳裏に二人の女性の顔が同時に浮かんだ。それは事実上二股をかけていた2人の彼女だが、正直に言えばその頃は二人ともが煩わしくなっていた。
高校時代からの彼女は、普段、離れて暮らしているせいからなのか、漏れを自分の管理・統制化の置こうとあれやこれや要求したり、あるいは無理をして尽くしてくる。しかしそれは既に自然体ではなく、彼女の気持ちとは裏腹に、漏れは我侭にもそれすら鬱陶しくさえ思えていた。更に彼女はオートバイを理解していなかった。事あるごとに、漏れにオートバイを辞めるように説いていた。それが彼女の愛情表現であることは解ってはいたのだが、今しか出来ないことを「はいそうですか」と諦められるほど漏れは大人になってはいなかった。
大学に入って出来た彼女は、何故か漏れにベタ惚れだった。入学後暫くして受講者の少ない土曜日午前中のパンキョー(=一般教養)の授業で困惑していた様子だったので声をかけたのが始まりだ。彼女は入学式の直後、急性虫垂炎(所謂「盲腸」)で入院してしまい、他の学生よりも3週間遅れてキャンパスにやってきた。彼女は最初、漏れのことを上級生だと思ったようだ。高校時代の彼女をある面煩わしく思い出した時期でもあり、門限がある自宅通学ということを除けば、大学で出会った彼女の方が理想的だった。程なく彼女と結ばれたが、彼女は処女だった。それ以来、漏れが初めての男だったせいもあるのか、彼女は献身的に尽くしてくれた。しかし、彼女の父親に漏れの存在が解ると(とはいえこちらから彼女の家に訪ねていったのだが)、暫くの後、彼女の父親は付き合いを猛反対した。県警本部に勤める彼女の父親は、漏れの身内に失踪者がいることを何処からか調べ、それを反対の第一の理由だと言った。確かに身内のことで事実だが、それは漏れの責任に帰するところではない。だが、その状況に「彼女自身が酔って」しまった。いつのまにか漏れに会うのは、厳しい父親への反抗の手段と化し、彼女は「悲劇のヒロイン」に浸っているように、漏れには思えるようになった。
言い訳かも知れないが、こうしてどちらの彼女ともダラダラと続きつつそのまま一年が過ぎ、大学に入って出来た彼女とは、この夏休みに入る直前に別れたばかりだった。しかし、こちらから別れ話を切り出した筈なのに、何故か漏れの気持ちは釈然としなかった。単に漏れの我侭と、彼女の父親への説明不足が生み出した歪みが生んだ結果だったのかと、後悔の気持ちの方が日に日に増していった。この夏、いつもに増してレースの練習に打ち込んだのは、実はこのせいだったのかも知れない。

『今日だけ恋人』のさっちゃんの熱いキスを受けながら、不謹慎にも他の女のことを考えるほど漏れは相変らず混乱しきっていた。
「・・・彼女のこと考えてたでしょ・・・」
痛いところを突かれて多分、漏れは狼狽したのだろう。
「大丈夫よ、おねぇさんはそんなことで傷つくほどヤワじゃないから」
唇を離して、さっちゃんは微笑みながらこう言った。漏れはきっと焦点の合わない目でさっちゃんを見ていたのだろう。
「ほぉらぁ...図星だからって困った顔しないの!不安だと顔に出るんだよねケイくんの場合はさ(笑)。まっ、その実直さがケイくんらしくておねぇさんは好きなんだけどね」
そう言うとさっちゃんは、また漏れに、今度は軽くキスした。そして
「このまま浸かってたらそのうちノボせちゃうよぉ(笑)。さあ、そろそろ上がろ!」
と促した。
とはいうものの漏れには即座にバスタブから出られない理由が他にあった。さっちゃんもそれをすぐに察したようだ。なぜなら怒張したそれはさっちゃんとキスしている間中、さっちゃんの下腹部に当たっていた。
「ふふ〜ん、おねぇさんの色香に反応しちゃったなぁ〜」
突然、さっちゃんは漏れの怒張したそれをそっと手で包み込んだ。
「こんなにしちゃった...。えへへ...。」
それを優しく手に包み込みながらさっちゃんはこう続けた。
「...ねぇ...ケイくん......私とじゃ......嫌?...」
漏れは頸を横に振った。
「...じゃ...ベッドにいこ...」
少し照れた様子でさっちゃんは漏れの耳元で小声で囁いた。

半ば濡れたままで、さっちゃんと漏れはベッドに倒れ込んだ。ツーリングに出かけようと思った時は、そんな気は更々なかったのだが、きっと若さという勢いに情緒不安定というスパイスが効いて、漏れは夢中になって乱暴にさっちゃんを扱ったのだろう。さっちゃんが突然、たしなめるようにこう言った。
「ケイくん、ガっつき過ぎ。二つしか違わないのに若いよねー(笑)」
さっちゃんにこう指摘されて、漏れはふと我に返った。さっちゃんは相変らず微笑んだままだ。漏れは少し安心した。
「あはは...また顔に出た...。ケイくんってホント正直だよね」
さっちゃんは優しくこう言った。そして
「あせっちゃ駄目だよ、ケイくん。おねぇさんはこの前まで人妻してたんだぞ(笑)。暫くおねぇさんに任せて...」
と漏れをさらになだめつつ、今度はさっちゃんが漏れを愛撫し始めた。漏れはまるで大海を漂う小舟のようにさっちゃんになされるままに身を委ねて行った。そして促されるままさっちゃんとひとつになり、さっちゃんの中で漏れは溶けていった。

「ツナギ乾かないねー」
何故かN●Kの7時のニュースを眺めながらさっちゃんは少し不機嫌だ。
「生乾きだと着づらいしジメジメしてて嫌だし...そうだ!」
さっちゃんは洗面台に自分のと漏れの2着のツナギを持って行った。
「パドックでやってるのと同じことすれば良いじゃん(笑)」
そう言って密封したツナギの袖口や足元からドライヤーの熱風を送り出した。
「ウェットコンディションだと必ずやるのにね(笑)」
さっちゃんはそう言って楽しそうに皮ツナギを乾かしだした。
「でもさー今日はもう帰れないよね。どーする?!」
パドックにいる時そのままの雰囲気で、全く別の今まさに現実のシビアな話題を持ち出すさっちゃん。確かに、これからツナギを完全に乾かしてからここを出て、最短ルートの清水までR52を駆け下り、そこから高速のオニ(笑)と化しても余裕で3時間半はかかる距離がある。しかも2台だ。さっちゃんは漏れよりオートバイ歴は長いものの、夜間走行は殆どしたことがない。ブルドックを持っているから夜オートバイで移動する理由がないからだ。あれこれ考えているうちに漏れは無意識に『そのまま泊まる理由』を探していた。
「うん...泊まっちゃおう!」
さっちゃんは陽気に言った。

皮ツナギを乾かす手を一時止め、さっちゃんはベッドサイドに戻って来た。そして電話に手をかけ、外線0をダイヤルする。見慣れた電話番号はバイクショップ(社長宅共用)のものだった。初め、社長の奥さんが出たが、やがて社長に代わった。
「もしもししゃちょー?幸子ですけど明日休んで良いですかー?」
傍らで漏れは面食らっていた。さっちゃんは暫く社長と話していたが、突然ぶっちょう面で受話器を漏れに差し出した。雲行きが少し怪しい。
「しゃちょーが代われって。バレちゃったみたい...(汗)」
さっちゃんも少し動揺していた。
受話器を受け取り恐る恐る「代わりました●●(<=本名)です」と名乗った瞬間、落ちたのは社長の雷だった。
「休みは休み、仕事は仕事でけじめくらい付けろっ!」
早速怒鳴られる。それもその筈、実は社長は漏れのオヤジの親友の弟。漏れのオヤジも若い頃はかなりのやんちゃ坊主で、社長のお兄さんとツルんでかなりの悪さをしていたらしい。漏れがバイクショップでバイトが出来ているのは、実はオヤジの若かりし頃培った人脈おかげだ。社長も「若い頃世話になったから」と言わば漏れのオヤジへの恩返しの意味で漏れを雇ってくれている。しかし、だからといって妥協や甘えは許さない。そういう意味では実の父親と立場は同様だろう。
「だから今朝、俺は『手ェ出すなよ!』って忠告したんだ。男ならやったことには責任を持て。明日は二人とも休みにしてやる。ついでにお前のオヤジさんにも俺から上手く話しておいてやる。いいか、くれぐれもハンパなことはするな!」
そう言って社長は一方的に電話を切った。
傍らで聞いていた(いや、聞く気がなくても聞こえてしまっていただろう)さっちゃんは、漏れと一緒になって受話器に頭を下げていた。漏れが受話器を置いてさっちゃんを見ると、さっちゃんも漏れも無意識に正座していた。それをお互いに見合って堰を切ったように二人で笑い出した。
「しゃちょー...勘良過ぎ!さすが、昔、伊達に遊んでた訳じゃない(笑)」
さっちゃんは社長の言葉を肯定とも否定とも双方の意味で的確に理解したようだった。そしてそれは漏れも同じだった。

結局、そのままそこに泊まることにした。しかし、4時過ぎからずっとラブホも不健全なので、前金で宿泊・延長料金を払って部屋だけを確保し、渓谷や海辺で水遊びしても良いように持ってきたTシャツに着替えてさっちゃんと漏れは一旦ラブホを出ることにした。
外に出ると夕立は既に上がっていた。気温が高いせいで路面は轍だけが乾いていた。しかし夕立後は涼しそうなものなのだが、湿度だけが上昇したおかげでかえって蒸し暑かった。
2台で出ても不経済なので、タンデムで出かけることにした。しかし漏れのVTはシングルシート化してある。結局、さっちゃんのINTEGRAを漏れが運転し、さっちゃんは後に乗った。漏れは白のTシャツ(ブリヂストンの販売促進グッズ)にジーンズ、さっちゃんもTシャツは同じものを持って来ていた。数日前の新製品内覧会(バトラックスというタイヤブランドの発表会)で社長が貰ってきたものだ。でも、さっちゃんは漏れのように長いジーンズではない。デニム地のホットパンツだった。ブーツを履いていくと仰々しいので、持ってきたビーチサンダルをそれぞれに履いて出かけた。
「運動(=えっち)したからお腹空いたよ、ラーメン食べたい!」
さっちゃんは相変らず陽気にこう言った。土地勘のある場所なのでオートバイで10分ほどのところにある(注:現在は潰れてしまっている)、ある程度地元では美味いと評判のラーメン店に向かった。
ラーメンをすすりながら、さっちゃんがこう言った。
「こっちってさぁ、夜星が綺麗だよねー」
「じゃあ、星空が良く見えるところに行く?」
いつしか漏れはそれまでと異なり、さっちゃんに対して敬語を使わなくなっていた。
「じゃあそこ行こう!」
元来た道を引き返し、ラブホの前を通過して、そのまま広域農道をひた走り、日本一の日照時間を誇る村の中腹にある、広域農道沿いの公園に向かった。夕立のせいか、夜空だけはやけに透き通っていた。
さっちゃんのINTEGRAは漏れのVTと同じだが、フルカウルが付いている他、若干の相違点があった。それはウインカーのスイッチ。漏れのは一般的なスライド式だが、さっちゃんのINTEGRAはキャンセラー付。ウインカーをキャンセルする際、センターに戻っているノブをそのまま押し込むとキャンセルされる。操作感が同じなのでついついこれを間違えて反対側のウインカーを一瞬点滅させてさっちゃんに笑われる。
「それって慣れると使いやすいんだけどねー」
さっちゃんにドジを指摘されつつ、いつもよりゆっくりとワインディングを登っていく。切り通しのつづら折りを抜け、大きく左にカーブすると明野村(現:北杜市)の台地が広がる。ここは眼下に韮崎の街とR141を行きかうクルマの光の列が見渡すことが出来、頭上には満天の星が広がる。まだ工事途中の公園の駐車場にINTEGRAを乗りつけ、さっちゃんと漏れは工事資材が傍らに積み上げられている更地で、星空を見上げた。
ここまで登ってくると少し風が肌寒い感じもする。でもさっちゃんは
「こんなに沢山の星、見たことないよ!」
と素直に感心していた。漏れの故郷は地方都市。明かりが溢れているばかりか夜空は狭い。
「あっちに座れそうだよ」
資材がいくつか積み重ねられている傍らにU字溝が逆さまに積み上げてあるのを漏れが見つけた。さっちゃんと漏れはそこに腰掛けて、暫く無言で星空を見上げていた。公園予定地は広域農道の道路より一段高いところにあって、車が往き来しても気にならない。いや、生活道路ではないので、滅多に車など通らない。遠くの水田では夕立に感謝してか、蛙が大合唱を奏でている。いつしかさっちゃんと漏れは肩を抱き合って星空を眺めていた。
ふと、さっちゃんが漏れの方を向いて目を閉じた。漏れはさっちゃんの唇に自分の唇をそっと重ねた。さっちゃんとのキスは最初はソフトだったが次第に激しさが増していった。舌を絡ませ合って調子に乗った漏れは、さっちゃんの胸に手を当てて撫で回した。Tシャツの裾をたくし上げブラのホックを外して、隙間から直接胸を触った。さっちゃんの乳房は漏れの手の中にすっぽりと納まった。さっちゃんの息遣いが徐々に荒くなっていく。漏れは今度はさっちゃんのホットパンツのボタンを外し、ファスナーを押し下げ、ショーツの中に手を差し入れて弄った。中指の先がさっちゃんの核に触れた瞬間、さっちゃんは「...うっ...」っと吐息を漏らした。
「...ケイ...くん...ダメ...だよ...こんな...ところ...で...」
苦しそうな息づかいで言葉の上では拒みつつも、暫くさっちゃんはそのまま漏れに躰を預けていた。
漏れの中指がさっちゃんの中に侵入すると、さっちゃんは再び「...んっ...」と深い吐息を漏らした。
「...ケイくん...したく...なっちゃった...」
唇を離してさっちゃんは囁いた。さっちゃんは一旦躰を離し、デニムのホットパンツとショーツを一緒にゆっくりと脱いだ。それに従って漏れもジーンズとトランクスを下ろした。逆さまに伏せられたU字溝の上に座ったままの漏れに対面して、跨るようにさっちゃんはゆっくりと腰を下ろしていく。同時に、漏れが次第にさっちゃんの中に埋まって行く。漏れはそのままゆっくりと、さっちゃんの奥深いところに完全に呑み込まれて行った。さっちゃんに呑み込まれたまま、さっちゃんと漏れはまた激しくキスした。さっちゃんは舌を絡ませつつ、徐々に自分の腰を動かし始めた。漏れはさっちゃんの華奢な躰を支えながらそれに応えていた。さっちゃんは漏れの頸に両腕を廻して漏れにしがみつきながら声を上げないように耐えていた。さっちゃんの両足が次第に漏れの腰に巻きついてくるのが解った。半月の薄明かりの中、さっちゃんの顔が次第に紅潮し、全身にうっすらと汗をかいているのが解った。
「...ケイ...くん...いっしょに...いっしょに...」
押し殺すような声で言ったさっちゃんはさらに強く漏れにしがみついた。
次の瞬間、さっちゃんは「んんっ!!」と声にならない吐息を漏らしつつ硬直した。同時に漏れも我慢していたものを一気に放出した...。

さっちゃんと漏れは、そのままでひとつになったまま抱き合っていた。ふと、遠くの畦道を車が走っていくのが見えた。さっちゃんはそれで現実に引き戻されたのか、そっと躰を離した。その時、さっちゃんの内腿を伝いながら漏れの残骸が滴り落ちて行った。
「そろそろ戻ろうか...」
さっちゃんは漏れに軽くキスしてそう言った。そして
「戻ってつづき...しよ...」
と恥ずかしそうに上目遣いで言った。

ラブホに戻ってさっちゃんと漏れはまた一緒にバスタブに浸かった。今度はバスルームの照明を抑えて。バスタブに浸かりながらさっちゃんと漏れはまたひとつになった。さっちゃんの中に入ろうとした時、さっちゃんは少し痛みを訴えたが、漏れが呑み込まれた後では、さっちゃんは先程の公園とは別人のように声を上げていた。バスルームに、さっちゃんの歓喜の声が木霊していた。
バスルームから出て、今度はベッドの上でさっちゃんと漏れは何度も愛し合った。最初にさっちゃんと交わった時は避妊に努めたが、公園から今まで、さっちゃんの求めるままに「そのまま」何度も交わり続けていた。

翌日、漏れが目覚めたのは昼過ぎだった。傍らでさっちゃんは静かに寝息を立てていた。さっちゃんの昨夜の言動に少しの戸惑いを抱きつつも、さっちゃんの寝顔を見ていることに漏れは幸せを感じていた。
「...ん...起きて...たの?」
さっちゃんが目覚めた。
「いっけなーい。もうこんな時間!ケイくんったら激し過ぎるんだもの...」
そう言ってさっちゃんは恥ずかしそうに下を向いた。が、暫くして少し照れながらこう続けた。
「もういっかい...する?...」
有無もなく、漏れはさっちゃんにキスしながら再び愛撫し始めた。さっちゃんの乳房、乳首に舌を這わせた。さっちゃんも漏れ自身を軽く手の平で握りつつ、ゆっくりとその手を動かしていた。たまらず漏れはさっちゃんの核までをも舐めた。さっちゃんの核からは既に蜜が溢れていてそれが漏れを更に興奮させているのが解った。
「ケイくん...もう...ちょうだい...」
さっちゃんが我慢できなくなってそう漏らしても漏れは少し意地悪をした。さっちゃんの中にそっと指を差し挿れ、ゆっくりと掻き回した。
「もう...ケイ...くんっ!...の...ばか...ぁ...」
喘ぎながらさっちゃんがそう漏らしたのをきっかけに、漏れはさっちゃんの中に侵入していった。
さっちゃんは漏れを奥深くまで呑み込むと、少しずつ腰を動かし始めた。その機を逃さず、すかさず漏れはさっちゃんに口づけながら自分の動きに激しさを増した。
「あっ.....駄目っ!」
咄嗟にさっちゃんは漏れにしがみついた。漏れは更に動きに激しさを加えた...。
「駄目っ!...いっ...くっ.....」
さっちゃんは右腕を漏れの背中に廻して漏れを抱きしめつつ、左腕を真っ直ぐに硬直させて、シーツを握りしめていた。
突然、さっちゃんは両腕を漏れの背中に廻して漏れに強く抱きつき
「んんんっっっ!」
と唸ったような声をあげた途端、力尽きてゆっくりと両腕をそのままベッドの上に落としていった。
放心したようにがっくりとしているさっちゃんを、漏れは構わずにそのまま激しく攻め続けた。さっちゃんは漏れに揺さぶられつつ、暫くそのまま
「.....んっ.....んっ.....」
とかすかに顔を左右に振りながら喘ぎ続けていた。
「.....ケイ.....くん.....あっ.....落ち.....落ちるっ.....落ちちゃうっ!!!」
さっちゃんがそう叫んで再び両腕を漏れの背中に廻し漏れの上体を引きつけつつ腰を少し浮かせて背筋を反らせながら硬直したと思った瞬間、漏れの我慢は限界に達した。漏れがさっちゃんの中で弾けたのと同時に、平衡感覚を失ったようにさっちゃんの躰から力が抜けていった...。
さっちゃんは暫く漏れと繋がったままで、ぐったりとしていた。そんなさっちゃんを愛しく見つめながら、漏れはさっちゃんの髪を撫でた。さっちゃんの中から漏れが離れてもさっちゃんはそのままの姿勢で、眠っているかのように静かに呼吸していた。務めを終えた漏れのそこには、さっちゃんから溢れたやや白濁したさっちゃんの蜜がまとわり付いて濡れて輝いていた。漏れがさっちゃんの横に並んで横になると、さっちゃんは閉じていた瞳をゆっくりと開きながら、漏れの方に自分の躰を傾けて漏れの背中にそっと腕を廻しつつ寄り添った。
「ケイくんの...馬鹿...」
そう呟いて、さっちゃんは漏れの唇に自分の唇を重ねた。

「料金高くなっちゃったねぇ...。悪いですねぇ...。」
ラブホの会計をしていると、フロントのおばちゃんが方言丸出しでそう言って笑った。

さっちゃんと漏れは帰途についた。そのまま清水までR52を南下せず、諏訪湖に立ち寄ってから杖突峠を経て高遠へ。高遠に向かうワインディングから、さっちゃんが前を走った。漏れに前を走らせると、漏れが喜んですっ飛んで行ってしまうからだ。
R153から茶臼山に向かう長野・愛知県境で休憩して、茶臼山を下って家路を辿る。相変らずさっちゃんが前を走っている。と、さっちゃんが選んだルートは、さっちゃんのダンナが亡くなった事故現場のコースだった。
●宮山の現場手前から、さっちゃんのペースが明らかに上がった。追いつけないスピードではないが、さっちゃんのフルカウル付のINTEGRAでは少々キツい旋回速度を強いられる。ベビーカウル付の漏れのVTと違ってフロントヘビーだからだ。ダウンヒルで車体を持て余しつつ、小柄で華奢なさっちゃんは、それでも自分の限界領域ギリギリでINTEGRAを振り回し続けていた。先行するさっちゃんを追いかけ続けていると、いつしか漏れの眼前に見慣れた風景が広がってきた。●宮山の走り慣れた峠道だ。
漏れが察した通り、さっちゃんはダンナの事故現場で停車した。路肩に停車しさっちゃんはINTEGRAから降りた。漏れもさっちゃんのINTEGRAの傍らにVTを停め、急いでヘルメットを取ってミラーに預け、さっちゃんの後を追った。
さっちゃんは、ダンナが転落したガードレールの隙間の前に立って、ぼんやりと崖下を凝視していた。
「圭ちゃん...圭ちゃんのこと愛していたけど...そろそろ想い出にしてもいいよね...」
さっちゃんがそうつぶやく傍らで、漏れは黙って手を合わせていた。
「往きにはこの道を避けてくれてありがとう」
合わせた手を解こうとした漏れにさっちゃんはポツリと呟いた。

翌日、朝は少し早めに出勤した。
「ツーリング先で雨に打たれて高熱出したんだってな。さっちゃんにまで迷惑かけてこの馬鹿が(笑)」
カクちゃんは出勤してきて漏れの顔を見るなりこう言った。朝、社長にはとにかく休んだお詫びをした。社長は難しい顔をしていたが
「ハンパなことだけはするんじゃないぞ!」
それだけ言うといつもの社長に戻っていた。漏れは少し肩透かしを食らった思いがした。カクちゃんには、社長が「そういうことにした」のだと悟った。
さっちゃんといえばいつもの通り
「きゃーーー!!!また寝坊したーーーーー!!!」
と時間ギリギリにいつもはパッソルIIなのに珍しく今日はINTEGRAで駆け込んできた。
さっちゃんと社長はいつも通りに接しているように見えた。その時、少なくとも漏れには。

その日、仕事が終わったのは夜の9時を過ぎていた。片づけを終えて帰ろうとすると、カクちゃん、キョウさん(注:整備士さん)、さっちゃん、漏れの従業員全員が社長に集められた。全員が集まったところで、社長から促されさっちゃんが口を開いた。
「えー...とですねぇ...困っちゃったな...(笑)」
即座にさっちゃんに代わって社長がこういった。
「幸子はケイと『真面目に交際する』そうだから皆もそのつもりでいるように。ケイはそれで良いんだな。以上っ!」
さっちゃんが真っ赤になるのが解った。
「どーせそんなことだろうと思ったよ(笑)」
と両脇にいたカクちゃんとキョウさんに同時に思い切り背中を叩かれた。ショップの前にはさっちゃんのINTEGRAと漏れのVTが二台仲良く並んで佇んでいた。

店舗公認状態になったさっちゃんと漏れ。後で社長は
「さっちゃん、昨夜お前と別れた後、そのまま家にお土産届けに来て、俺と家内と一緒にいろいろと話したんだ。で、まあ、あれだ...。お前もそういうつもりならはっきりさせておいたほうがと思ったんだな...。と、言う訳だ。だからハンパな真似をしたら俺が許さん(笑)」
と話してくれた。家族同様の思いやりにあふれた暖かいショップだった。

それから数日後、漏れは高校時代からの付き合いだった彼女を駅西口のK馬というコーヒー専門店に呼び出した。彼女は喜んでやってきたが漏れは彼女に残酷なことを伝えねばならなかった。
「他に好きな女ができた。お前とは惰性で続いてきただけだから別れてくれ」
その言葉を伝えた際の彼女の顔は忘れられない。ひとしきり泣き騒いで店内の注目を集めた後、届けられた直後のブルマンとお冷を漏れにしたたかに浴びせ掛け、彼女は店を飛び出していった。漏れは水も滴る三枚目だ...。

その日以降、夏休みが終わるまでの間、昼はショップで仕事をし、夜はさっちゃんのアパートで過ごした。さっちゃんのアパートに行けば、さっちゃんとひとつにならない日はなかった。鈴鹿での怪我の抜糸も終わったが、例の「さっちゃん交際宣言」以降、カクちゃんと練習には行かなくなっていた。いや、逆にカクちゃんから「将来を考えて少しは貯金しろ」と自重を余儀なくされたからだ。
カクちゃんは10歳年上。世の中の仕組みや理不尽さは漏れより明らかに詳しい。漏れは黙って従うことにした。カクちゃんの嫁さんもカクちゃんと同意見で「またレースやりたいなら、それなりの責任持たないとね。早くしっかりしてまた戻っておいで。」と言ってくれていた。いや、逆説的に言えば「はやくガキから大人になりなさい」と言いたかったのだろう。

9月一杯をさっちゃんと一緒に過ごし、10月の声と共に漏れは大学に戻った。しかし、土曜日の授業は午前中だけだったので、週末は一般道を230km走っては故郷に戻り、土曜の夜から日曜日をさっちゃんと一緒に過ごした。大学では遊びにも行かず時間を上手くやり繰りして効率の良いバイトを掛け持ちした。バイトが終わると深夜でもさっちゃんに毎晩電話を公衆電話から掛けていた。長い日には4時間も話していたこともあった。そんな毎日が続いたが、相変らずVTとRSは手放さなかった。VTは日頃の足として乗っており、RSはショップに預けたままになっていた。

「ケイくん、電話だ」
ある日の夕方、アパートの大家さんが電話を取り次いでくれた。その頃、アパートに電話を引いている学生はまだまだ少数派だった。同じ敷地内に家屋を持つ大家さんはとても気さくな人で、嫌な顔一つせずに電話を取り次いだり、たまには羽目を外して一緒に飲んだりしていた。当然、酒代は大家さん持ちだった。
電話の主はさっちゃんだった。さっちゃんから電話を平日の夕方に掛けてくることはこれまでに一度もなかった。
「突然電話してごめんねー。」
相変らず陽気にさっちゃんが受話器の向こう側から話しかけてきた。電話を借りている手前、長話が出来ないことはさっちゃんも悟っているようで、手短に用件だけを切り出してきた。
「明日...金曜日なんだけど...夜こっちに来られないかなぁ...」
声は少し弾んでいた。漏れは嬉しくなって
「じゃあ、これから行くよ」
と即答したが、さっちゃんはそれを否定した。
「明日の夕方じゃなきゃ駄目なの♪」
「じゃあ、明日の授業終わってから出るよ。多分3時頃かな?混んでなければ高速使えば3時間半くらいで着くと思う」
「じゃ、あ・し・た ねっ♪」
さっちゃんは受話器の向こう側で最後に「ちゅっ♪」と言って電話を切った。

翌日、朝から漏れは妙にソワソワしていた。
「金曜日は必修単位の授業が午前中続き、午後は選択科目だ。よし、午後はサボろう。ショップに直行して、さっちゃんを驚かせてやろう。」
そんな悪戯心を抱きつつ、昼食を摂るために一旦アパートに戻った。

アパートに戻ると、大家さんが蒼褪めた顔で漏れの部屋の前で立ち尽くしていた。
「ケイくん、今すぐここに電話しなさい!」
大家さんがそう言って手渡してくれたメモは、見慣れたショップの電話番号だった。
メモを手にして漏れは嫌な予感がした。大家さんは「電話なら家のを使え」と母屋に導いてくれた。
「あ、しゃちょーですか?漏れです。●●(<=本名)です。」
努めて明るく電話を掛けた。
「ケイ、いいか落ち着いて聞け。さっちゃんが事故に遭った。交通事故だ。さっき警察から電話があって病院へ家内を行かせた。さっちゃんは危篤だ。直ぐに帰って来い...」
漏れの手から受話器が滑り落ちたが、漏れには受話器を落とした感覚など一切なかった...。

大家さんにお礼を言うのもそこそこに漏れは部屋に戻ってVTのキーを鷲づかみにしてそのままVTに跨った。大家さんは事情を先に聞いていたらしく「ケイくんが事故を起こしたら元も子もないぞ!」そう言って見送ってくれた。
漏れはR52と併走する県道を上手く使い分けて、最短時間で清水に出て、そこから東名高速で故郷を目指した。オートバイに乗るには軽装過ぎて半ば凍えていたが、それよりも如何に速く行き着くかしか、既に漏れの頭の中にはなかった。
走行車線と追越車線を区分するセンターライン上をヘッドライトをハイビームで点灯させて狂ったように走り抜けていく。速度計は150km/h余りを示しているが、回転計はレブリミットギリギリを指していた。タンクの下で僅か250ccのエンジンがいつもと違う乾いた金属音を奏でながら必死にもがいていた。
150km/hの風圧に耐えつつ、漏れの思考は錯綜していた。
さっちゃんは今日は仕事ではなかったのか?
さっちゃんが「夕方じゃなきゃ駄目」と言ったのは何故なのか?
いや、そんなことはどうでも良い。さっちゃんが死ななければそれでいいんだ。
11月だというのに、VTの水温計の針は徐々に上昇していった。
さっちゃんは交通遺児だ。さっちゃんはひとりっこで、さっちゃんの両親はさっちゃんが4歳の時、交通事故で亡くなった。さっちゃんも同乗していたがたまたま軽症で済んだ。その後、さっちゃんは叔父夫婦に引き取られたが、中学卒業と同時にひとり立ちした。さっちゃんは叔父夫婦のことをあまり話したがらなかった。
さっちゃんのダンナが亡くなったのを、さっちゃんは「自分のせい」だと言っていた。ダンナが毎朝峠遊びするようになったのを止められなかったことを悔やんでそう言っているのだと思っていたがそれは違った。さっちゃんのダンナは一旦オートバイを降りていた。しかし、さっちゃんが流産したのをきっかけにまた乗り始めたのだ。さっちゃんのダンナは結局オートバイで死に、今度はさっちゃんが事故で死ぬかもしれない。いや、さっちゃんは死んではいけないのだ。漏れの思考は既に支離滅裂になっていた。

さっちゃんの事故現場からそう離れていない総合病院に着いた。駐車もそこそこに待合室に入ると、そこには社長が待っていた。
「ケイ、遅かったよ...」
社長はポツリと言って漏れの肩を軽く叩いた...。

さっちゃんの葬儀はさっちゃんのダンナの両親が近親者だけで催した。さっちゃんの血縁者は厄介ごとを背負い込みたくないのか、誰も参列しなかった。さっちゃんは漏れの目の前で煙になってしまった...。

警察の実況見分の結果では、さっちゃんは右折専用信号に従ってR1に入ったのは確からしい。しかし片側三車線の交差点、それなりにスピードは乗っていた。そこに対向車の10トン定期便が信号を無視して飛び込んだ。さっちゃんのブルドックはそのままはじき飛ばされ、さっちゃんは運転席に挟まれた。さっちゃんはシートベルトをしていなかった。脳挫傷及び内臓破裂、外傷性ショック。それがさっちゃんの死因だった。
さっちゃんのブルドックの中から母子手帳が見つかった。さっちゃんは事故当日ショップに休みを取っていた。社長には「病院に行く」と言っていたそうだ。さっちゃんが漏れを無理に呼び出してでも『直接に伝えたかったこと』は、カバーにさっちゃんの血糊が付着した真新しい母子手帳から容易に想像がついた。

病院に乗りつけた際、キーを付けたたまま停めていた漏れのVTはそのまま盗まれた。市街地から離れた峠道で燃料切れで放置されているのが数日後に発見されたが、様々な部品を剥ぎ取られ、無残な姿だった。VTは手元に戻ってきたが、漏れにはもうどうでも良いことだった。

さっちゃんの遺骨はさっちゃんの身内に引取りを拒まれ、結局、ダンナの家の墓に入ることになった。ダンナのご両親は
「実の娘と思っていましたからね。あなたには不服でしょうけどせめてこうさせてください」
と、若造の漏れに深々と頭を下げた。

漏れは四十九日の法要に呼ばれたが、断った。乗り手がいなくなったさっちゃんのINTEGRAは、さっちゃんのダンナのご両親の強い勧めで、暫く漏れが預かっていた。
「名義を書き換えてそのまま乗ってやってください。幸子さんもそれを望んでいるでしょうから...」
ダンナのお父さんはそう言ってくれていた。

さっちゃんの四十九日の法要の日、漏れはさっちゃんのINTEGRAで早朝から信州に向けて旅立った。
郷里の街を抜けて茶臼山、飯田...辰野から塩尻・松本を経て安曇野へ。12月の安曇野は初秋と異なり別世界だった。大王わさび園の入口を遠目に眺め、さっちゃんと腕を組んで歩いた想い出を振り返っていた。そのさっちゃんは、もうこの世にいない。
暫くそこに佇んだ後、今度はさっちゃんのINTEGRAを丸子・佐久を経て野辺山へと走らせた。場所によってはところどころ雪がみられる信濃路。どこに立ち寄る訳でもなく、あの日、さっちゃんと2台で走ったコースを黙々とINTEGRAで走った。
シーズンオフで閑散とした清里には立ち寄らず、そのまま韮崎を経て双葉へ。ラーメン屋の建物を眺めてから、あのラブホの前を通過し、広域農道を経て今度は明野にINTEGRAを走らせた。
明野の工事中の公園は、まだ相変らず工事をしていたが、少しずつ形になり始めていた。公園脇の路肩にINTEGRAを停め、横座りにシートに腰掛けて作業員の働く様をぼんやりと見つめつつタバコを吸った。さっちゃんと並んで座ったU字溝は、既に土中に納められたのか、見当たらなかった。代わりにそこには土の小山が出来ていた。
暫く工事を眺めた漏れは、そこからR141〜R20を経て諏訪湖へ。杖突峠を経て高遠を過ぎ、R153を戻って茶臼山に到達する頃には、既に日が暮れていた。
●宮山のさっちゃんのダンナの事故現場で、あの日と同じように手を合わせ、漏れはさっちゃんのダンナの実家にその足で向かった。
そしてさっちゃんのダンナの両親に
「INTEGRAは漏れが乗るには重過ぎます」
と理由を伝え、INTEGRAを返却した。
その日、心底悲しいと、泣こうと思っても涙が出ないことを漏れは悟った。

翌日、抜け殻のようになった漏れは、故郷から逃げるように大学のある街に戻った。

「おい、ケイ!早く準備しろ!」
H先輩が怒鳴っている。翌年の夏の終わり、漏れはFiscoにいた。
信州にさっちゃんのINTEGRAでさっちゃんの魂と一緒に出かけた後、漏れはオートバイを降りた。一旦盗まれて戻ってきたVTは自分で補修して後輩に言い値で叩き売った。
さっちゃんと一緒に勤めていたバイクショップでの長期休暇ごとのアルバイトも辞めてしまった。社長は慰留してくれたが漏れの決意は固かった。「いつでも戻ってこい...」という社長の言葉に救われた。
RS125Wだけはそれでも手放せずにいた。年が明けてRSをショップのトラックを正月休みに借り、アパートに運んだ。たまたま向かいのアパートの先輩がVF750を売り飛ばして中古のレーサーを買ってレースを始めるというので売却しようと目論んだためだ。その時、もう漏れはオートバイとはかかわるつもりは一切なかった。しかし、H先輩は少々小ズルかった。漏れに経験があることを知り、1シーズンなし崩し的に一緒に活動することにさせられた。漏れはFiscoの走行ライセンスを取得し、5月から時々練習走行だけを走っていた。それは苦労して貯めた貯金を全て喰い尽くしていく全くの無目的な行為だったが、走っている間だけは忌わしい数ヶ月前を全て忘れられた。H先輩はVF750を売り飛ばして得た資金を元手に、お決まりのように儲け本位の地元ショップに騙され、TZ250の相当なボロをあてがわれていた。
250cc以下の走行が始まった。コンセントレーションなど、走り出す際にピークに持っていければ良い。わざわざ前々から「歯を食いしばって気合だけが先行」していたら、力み過ぎて上手くいかないのが関の山だ。自然体で丁度良い。事前にエンジンは暖気してある。押しがけしてRSに跨り、怒鳴ったくせに準備に手間取っているH先輩を尻目に、漏れはコースインしていった。
数周を周回して、タイヤがそろそろ終わることに気付いた。貧乏学生のレースの真似事である。資金的には直ぐに尽きてしまう。騙し騙し走っているがもはや限界。もう1周、それでも現状で頑張ってみようと最終周と決めてFiscoの長いストレートを駆け抜けた。
1コーナーを抜け同排気量の他車数台と絡みつつそのままヘアピンへ。走り慣れたせいもあり、背中に「ナラシ」とビニールテープで貼っているライダーをブレーキングポイントを少し遅らせつつ進入で強引にパスしようとした瞬間、漏れの耳に信じられない声が届いた。

「ケイくん!行っちゃ駄目!」

空耳?!いや、それは確かにさっちゃんの声だった。

とっさにブレーキを掛けた漏れの横を、先程パスした「ナラシ」のライダーがヘアピンのイン側をすり抜け...と、彼はそのままハイサイドを起こして漏れのFタイヤに接触した。漏れもそのままなぎ倒されるように転倒した。周りの風景がスローモーションで流れていった。

ドシャっ!
朝方の雨で水分を多量に含んだスポンジバリアに鈍い音を立ててRSごと突っ込んだ。接触で転倒を誘発したライダーは漏れの先の方で転がっている。
さっちゃんの声がしなければ、もっと酷いクラッシュをしていたに違いない。「さっちゃんが助けてくれたのか?漏れはまだ走っていても良いのか?」そんな都合の良い思いが、頭の中を駆け巡った。
立ち上がろうとすると、RSに挟まれたまま路面からエスケープゾーンまでを滑走したせいか、左足に激痛が走る。走行時間の終了と共に回収され、医務室から即病院送りになった漏れの左足は、膝の靭帯が伸びていた。

この一件を契機に、漏れはオートバイに乗るのを辞めた。というより身体上、乗れなくなってしまった。しかし、そのおかげで、漏れはオートバイで死に急ぐことだけは避けられた。



「あれってドカティの900SSってゆーヤツでしょ?!あれくらい私だって知ってるよ(笑)」
関越スポーツランドでのジムカーナからの帰り道、上信越道の某PAに立ち寄ろうと本線を離れて入っていくと、EF8(=CR−X)のナビ席に座る彼女が乗用車用スペースの真ん中に佇む真っ赤なフルカウルのオートバイを見つけて得意そうに言った。
「ああ、珍しいよね...」
ドカティの横にEF8を停める。丁度、ライダーが戻ってきた。
「へー女の子でも乗っちゃう人いるんだー」
彼女がライダーの女性を羨望の眼差しで眺めている。
「そういえば、ケイくんも昔、オートバイに乗っていたんだよね」
何も知らない彼女は無邪気に漏れに尋ねた。

「ああ...ずーっと昔に...一寸だけ...ね...」

エンジンをスタートさせた真っ赤なオートバイは特有のLツインの咆哮を残しつつ、真っ赤なヘルメットから束ねた髪を靡かせたライダーを乗せて、漏れの視界から徐々に消えていった。





【本編は、現実と似通った人や団体、または物品が登場したり、あるいは仮に今から約20年前に似たようなことが現実にあったとしても、フィクションです。】