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LEVIN  (執筆:「任意独人」氏)


「ここまで登ると星が沢山見えますね。」
AE101(=LEVIN)の助手席のドアを開け香織(=かおる)はしなやかに駐車場に降りて言った。漏れも香織に続いて運転席のドアを開け、駐車場に降り立った。県北部の林道を全面舗装し観光道路として整備したクリスタルラインが開通したのは数年前のことだ。毎週火曜日、香織と漏れはクリスタルラインを任意の区間に区切ってドライブに来るのが習慣になっていた。11月末の高原の空気は凍てついていたが、それが夜空を澄み渡らせ、辺りに街灯1つない駐車場の上には満天の星空が瞬いていた。
「来週はもう12月だから、凍結して来られないのかなぁ...。」
星空を眺めながら香織は漏れに問いかけた。
「天候と気温次第ってトコかな。あとは講座が実際に終わる時間とか(笑)。」
漏れが笑うと香織もつられて笑った。講師は熱心な人で講座の延長は当たり前だった。毎週火曜日、漏れたちはカルチャーセンターに通っていた。
漏れはその前に香織に一度だけ会ったことがあった。深夜、峠族と呼ばれる若者に人気の観光道路の峠道で、進入で突っ込み過ぎてアンダーステアを誘発し、左前のフェンダー辺りを壊し左前輪を側溝に落として立ち往生していた香織を助けた。ブラインドコーナーが続くその峠道では、そのまま放置すると後続の峠屋さんに追突される危険もあったので、香織の車両の後ろにCA4A(=ミラージュ)をハザードを点滅させて停車させ、コーナー手前に発炎筒と停止表示板を出し、現場に戻った漏れは、ドライバーが女性であることに驚いた。香織は泣き出しそうな顔で壊れたフェンダーを呆然と眺めながらAE101の横に佇んでいた。それが香織との最初の出会いだった。
香織も漏れも仕事が終わってから勉強するという物好きである。カルチャーセンターは、会社の命令で事実上派遣されて来ている人が多数派だったが、香織も漏れも自分の意思だけで来た変わり者だ。香織は当初、別の講座にいたが、漏れの受講する講座に途中から編入してきた。残業で教室に遅れて入ろうとした漏れを先に席に着いていた香織が見つけ、目が合うと漏れを手招きした。漏れは即座に香織を思い出し、迷わず彼女の隣に座った。香織はひと月程前から、カルチャーセンターの駐車場に漏れのCA4Aが停まっていることに気付いていた。その日、講座が終わると香織と軽く呑んで再会を祝した。いつの間にか、毎週火曜日の講座が終わると、香織と漏れはそのまま家に帰らず、寄り道することが習慣化していた。
「今日の気分転換はこれで終わり。香織、帰ろう...。」
肌寒さを感じた漏れが香織に告げると彼女は頷いて助手席のドアを開け、AE101に乗り込んだ。漏れも運転席に滑り込み、シートベルトを締めて、エンジンを掛けたまま停止させていたAE101のクラッチを切り、1速にシフトした。
「ケイさん...。今日はもう...帰るの?」
少し潤んでいる瞳で香織が漏れに尋ねた。
「香織はどうしたいんだい?今日もまた『他に寄り道』したいのかい?」
漏れは率直に香織に尋ねた。彼女は少し悩んでから
「うん....。」
と僅かに恥らいながら漏れに答えた。
香織は24歳。大学を卒業し福祉関係の事務系の仕事に就いて3年目だ。早生まれの彼女は、年が明けて25歳を迎える。漏れは会社に勤めて丸8年が過ぎた。気付けは三十路に入っていた。
漏れはゆっくりとAE101を発進させた。このクルマは、以前、峠道で香織が左前輪を側溝に落とした香織の愛車だ。
クリスタルラインを離れ、漏れたちは市街地に続く峠道をゆっくり降り始めた。後続から照度の高いヘッドライトが猛スピードで接近してくる。僅かな直線で減速して進路を左に寄せハザードを点滅させると、強い光源が爆音と共に猛スピードでAE101の横を通過していく。追い抜きざまハザードを一瞬点滅させたその車両は、FD3S(=RX−7)だった。ストレートエンドの先のトンネル入口に向かう右コーナー手前で、FD3Sのストップランプが点灯し、次の瞬間、マフラーから一瞬炎を吐き出して、FDはトンネルに消えていった。
「相変らず元気なにーちゃんだなぁ(笑)。」
進路を元に戻しハザードを消して、漏れは呟いた。運転している若者を漏れは知っている。数回、この峠道の頂上にある駐車場で会話を交わしたこともある。強引に抜いて行ったのは、AE101を運転しているのが漏れだと気が付かなかったためだろう。
漏れは暇になると深夜、仕事帰りにこの峠道に遊びに来ていた。そもそもはジムカーナなどをやっていた筈なのに、日々の仕事と生活に追われそれもままならなくなった漏れは、溜まったフラストレーションを解消するためにここに来ていた。多数派は観光道路として整備されたバイパスをダウンヒル主流で走り回るのだが、漏れは旧道のヒルクライム専門だった。バイパスのダウンヒル専門の走り手は、バイパス上での交錯を避け旧道が登り方向に一方通行であることを理由に、目一杯踏んだとしても3速以上には絶対に入らないタイトなターンの続く旧道を、クーリングダウンを兼ねてゆっくり登って行くのだが、漏れは真反対だった。休日には歩行者専用道路となって許可された馬車が観光客を乗せて走ることから、通称「馬車道」と呼ばれる旧道は、少数派ながら「馬車道スペシャリスト」と呼ばれる少し年齢層の高い走り手たちがいた。その殆どは以前、モータースポーツを楽しんでいたが様々な理由で断念しても諦め切れない言わば「亡霊」たちだった。目的が明らかに異なるこの亡霊たちには、バイパス常連の若者も敬意を表してか、あるいは畏怖してか、亡霊たちが馬車道入口で前走車との距離を開けるために停止して出走待ちをしていると、黙ってその後で待っていた。漏れもその亡霊の一人だった。もっとも亡霊たちの方がバイパスの常連よりも馴れ合わず個人主義なのに、一度クラッシュがあれば、馬車道では勿論、それがバイパスでも、率先して手を貸していた。漏れが香織を助けたのは、この峠道のバイパスのダウンヒルだった。
「ケイさんは、下りは攻めないんですね。」
香織が自分が事故を起こした現場を横目で眺めながら言った。
「だって、怖いもの(笑)。」
漏れは答えた。対向車もあり、その対向車がセンターラインを超えてはみ出してくるのが当たり前になっている経路で、法定速度を大幅に超過して走るのは自殺行為だ。馬車道でも危険は同じだが、基本的には一方通行路であり、トップスピードも大幅に低い。「亡霊」の多くは、ここで全損などしようものなら翌日から自分に係る負担を良く知っている。「社会的な地位を失っても良い。」などと御託を唱えられるのは、物を知らない証拠か単に虚勢だ。
「香織もあれ以来、ここで走るのは辞めたんだろ(笑)。」
と香織に対して漏れが続けると、香織は
「だって、怖かったんだもの(笑)。」
と漏れに微笑みながら言った。
「走るのを辞めたから、今、『香織はここに居る』か...。怖さが解るのが一番だよ。」
漏れは香織の顔を横目で見ながらそう行って、市街地に向けて峠道をゆっくりと降りていった。
観光道路から別の県道の峠道を経て、漏れたちは市街地に降りた。漏れのCA4Aはカルチャーセンターの駐車場に停めたままだ。しかし、香織が求めた『他の寄り道』が残っている。住宅街を抜け、漏れは別の山の麓にあるそこを目指した。有名な神社から少し離れた新興住宅街の外れに、そのラブホは建っている。香織と漏れは、毎週火曜日の夜に逢うことが習慣化していたが、いつの間にか成り行きで『そういう関係』に発展してしまっていた。
香織と『そういう関係』に陥ったのは、些細なことがきっかけだった。 香織との再会の後、カルチャーセンターの講座が終わり近くのファミレスで雑談することが習慣化していた香織と漏れの話題は、いつもクルマのことだった。雑談の際、専ら漏れは聞き役だった。
学生時代からクルマ好きだったという香織は、就職してすぐに念願のAE101を手に入れる。最初はクルマを運転することだけで満足していた香織だったが、ある日の仕事帰り、遠出をしようと思い立って例の峠道にドライブに出かける。そこで全開で走っていく改造車群にカルチャーショックを受けた香織は、見物に行くのが密かな楽しみになっていた。とはいえ、周りとは面識がないし、その中に女性も見当たらないので、峠のバイパス途中のチェーン着脱場にAE101を停め、クルマの中から眺める日々が続いた。暇があれば峠を走り回る改造車たちを眺めるのがいつの間にか香織の日課になっていた。
そんな香織だったが、その日はいつもより仕事が長引き、峠道に行くのが遅れた。既に峠を走るクルマは数少なくなっていて、つい、自分も走ってみたくなった。峠頂上の駐車場にAE101を移動させてみると、既に出走待ちをしている車両はなかった。そこで香織はスタートして、結果、左コーナーを曲がりきれずに前輪を側溝に落とす羽目になる。『馬車道』を走り終えて帰途につき、たまたま通りかかったのが漏れだったという訳だ。
その日の雑談の話題は、香織のアクシデントの思い出話だった。折角、話題になったからと、漏れはCA4Aをファミレスの駐車場に置いて、香織のAE101を運転し香織とともに例の峠道に出かけた。相変らず、峠族の若者たちがダウンヒルを楽しむ中を、漏れたちは注意しながら登って行った。今思えば、峠の頂上の駐車場で引き返せば良かったのだ。
「数年前まではこの上のダムの駐車場でジムカーナの練習ができたんだよなぁ...。」
と漏れが呟いたのに端を発し、例の峠道を越えて更に山奥のダムまで行くことになった。漏れが練習していた駐車場は、峠族(注:現実にはジムカーナドライバーが多数派だったのだが)の練習対策で植込みが作られ既に練習できない状態になって久しかったが、駐車場横のコーナーはドリフト族の格好の練習場になっており、駐車場は彼らのパドックと化していた。引き返せば例の峠道で今まさに台数がピークに達している峠族にダウンヒルで呷られるし、かといってドリフト族と一緒になってパドック化している駐車場で時間潰しをするのもあまり頂けない。そこで、そのままダム脇の駐車場からクリスタルラインを経由して遠回りして帰ることにした。香織はその経路を知らず、手放しで思わぬ発見に嬉々としていた。しかし、タイトなコーナーの連続で、漏れはかなりのセーフティマージンを取りつつ登っていったのだが、香織にはペースが合わなかった。フルノーマルの香織のAE101は、予想以上に大きくロールを繰り替えす。途中で香織は助手席で悲鳴を上げていた程だった。漏れはそれに気付き、クリスタルラインに合流してすぐのところにある公園の駐車場に、香織を休憩させるつもりでAE101を乗り付けた。それまで、狭いAE101のキャビンという密室の中で漏れと共に一定の時間を過ごしつつ一種のスリルを強いられていた香織は、予期せず立ち寄った街灯もない駐車場の上に拡がる満天の星空のムードに一気に呑まれてしまった。星空を眺めつつ香織が不意に漏れに口づけてきた。漏れもそれに応えつつ、着衣の上から香織の躰を愛撫した。香織は漏れと口づけながら公園脇の電柱にもたれながらそれに応えてしまった。漏れの手が香織の着衣の中に進むと
「...外じゃ...嫌...せめて...LEVINの...中で...。」
と、香織は漏れに合意してしまった。香織と漏れはそのままAE101の助手席のシートを倒しそこで初めての過ちを犯した。今年の夏の終わりのことだ。
いつものラブホに着くと、香織は積極的だった。たまたま今日、クリスタルラインで立ち寄った駐車場は、香織と漏れの過ちが始まったあの公園の駐車場だ。香織はそれを意識していた。部屋に入ると香織は、自ら着衣を脱ぎ始めた。上着、ブラウス、スカートを脱ぎ、キャミソール姿でそのままベッドに潜り込んだ。漏れもスーツを脱いで下着姿で香織の傍らに横たわった。漏れは香織に口づけると、キャミソールの上からゆっくりと香織の胸を愛撫しつつ香織の上体を起こし、キャミソールを脱がせてブラを外した。形の良い釣鐘型の香織の乳房が露わになった。香織はややふくよかながら、出るところは適度に出て、窪まねばならないところはきっちりと窪んでいる。脂肪が着き過ぎているという感もない。香織の顔は童顔だ。顔つきと不釣合いな男好きのする香織の躰を漏れは更に露わにしていった。スカートを剥ぎ取りストッキングを脱がせると、上半身に舌を這わせつつショーツの上から香織の恥丘を愛撫した。香織の恥丘は発達しておりそれが漏れの征服感を更に駆り立てる。既にクロッチを湿らせた香織のショーツをゆっくりと脱がすと、秘部が透けて見える程薄めの、香織の恥毛が露わになった。漏れは香織の上半身から徐々に下半身に舌を這わせると、香織もそれに応え喘ぎ声を上げ始めた。その響きが漏れを更に駆り立てる。香織の秘部に漏れの舌が到達すると、香織はピクっと一瞬躰を振るわせた。
「...意地悪...。」
香織はいつも逆説的な言葉で更にそれ以上を漏れに哀願する。言葉の上では否定しつつも香織は漏れを更に求める。漏れの舌先が秘部の割れ目の中を行き来すると、背筋を反らせて腰を僅かに高め、香織は漏れの愛撫を更に深く浸透させようとする。漏れはそのまま秘部に舌を這わせつつ、香織の豊かな乳房と、既に隆起して久しい乳首を指先で優しく愛撫した。
「...お願い...。今日は...大丈夫だから...そのまま...入れ...て...。」
月経周期が正確な香織は安全日は必ずそう漏れに告げ、そのまま漏れを迎え入れる。恥丘が発達した香織の中は狭い。既に蜜を秘部の周りや内股まで滴らせる程溢れさせた香織の膣内(なか)に、漏れはゆっくりと挿し入れた。
「...んっ...」
膣内で漏れを感じた香織が吐息を漏らす。香織は躰で乱れてもあまり声を上げない。漏れは香織の奥深くまで時間をかけて漏れ自身を到達させると、ゆっくりとグラインドする。香織は膣内も恥丘が発達しているおかげか反応し易いが、核の感度も高い。奥まで挿し入れられつつ下腹部で核を圧迫されながら漏れがグラインドを始めると、香織も徐々に腰を使って応え返す。香織の膣内は漏れが香織に気付かせた。漏れに抱かれるまで、香織はあまり経験が無かったようだ。
膣内で反応を始めると、香織は決まって漏れに口づけをせがむ。口づけられ舌を絡ませながらグラインドを続けると、香織は悦びの表情に変わっていく。それを見計らって、漏れはグラインドに強弱を付けたピストンを加える。と、更に香織は夢中になって、漏れの背中に腕を廻して漏れを徐々に抱きしめていく。静かな吐息とも喘ぎとも取れる声は、徐々にその間隔を狭め、香織は高まっていく。
「...きて...。」
頂点を極める直前、香りは微かな声で喘ぎつつ漏れに訴える。漏れがピストンの度合いを高めると香織も腰を激しく動かしつつ漏れを抱きしめる。
「んっ!...」
香織が絶頂を迎え蓄えていた吐息を漏らすと漏れも香織の膣内に撒き散らす。
暫くして漏れ自身を香織の膣内から抜き去り漏れが香織の傍らに横たわって、香織の髪や腰を優しく撫でると、放心から徐々に回復しながら、漏れの瞳を見つめて香織は微笑を浮かべ漏れに甘える。童顔な香織の微笑みは可愛らしい。
とはいえ、香織と漏れは、普段、仲は良いもののそれ以上の関係を求めていない。単に体だけの関係と割り切っている。香織の童顔に似つかないその発想が、漏れを不思議な感覚に陥らせていた。
翌週火曜日、香織はカルチャーセンターに講座が終了する間際にやってきて漏れの隣の席に潜り込んだ。残業が長引いたらしい。年末になれば何処の会社も忙しくなる。会社からの派遣研修でもなければ、残業に応じない訳にはいかない。漏れは香織がなかなか現れないので、欠席するのかとさえ思っていた程だった。
「休んじゃえば良かったのに(笑)。」
漏れは香織に問いかけた。
「タダじゃないもの(笑)。」
と香織が答えた。公的援助はあるものの経費は基本的には自己支弁だ。香織の言い分はもっともに思えた。
「本当は、ケイさんに逢いたくて...来たの。」
当初の香織の説明に一人納得していた漏れをからかうかのように、香織は言った。香織と二言三言、言葉を交わす間に、講座は終わった。香織と漏れは、いつものように香織のAE101で出掛けた。
生憎、その日の気温は低く冷たい雨が降っていた。降雪の心配はそれでもまだないものの場合によっては凍結も予想されたため、香織と漏れはクリスタルラインのドライブを諦め、香織が提案した県北西部を縦貫する広域農道をドライブの経路に選んだ。ここの方が標高は低く凍結の心配はまだない。高速NSインターチェンジ脇から広域農道は国道と併走しつつ国道よりも少し高い台地の尾根伝いに高速NSインターチェンジより1つ西のSTインターチェンジ脇まで伸びている。先週、香織と漏れはお互いの躰に没頭してしまったのが理由で帰宅が遅い時間になっていた。その反省から、高速を使ってSTインターチェンジまで行き、復路に広域農道を走ることにした。広域農道を暫く進むと長い直線が現れ、その直線の終わり近くまで到達すると、前方の遠く眼下に、香織と漏れの住む街の灯りが雨に霞みつつ瞬いているのが見えた。漏れは直線の終わり辺りに位置する公園の駐車場兼非常停止帯(=チェーン着脱場も兼ねている)にAE101を停車させた。漏れは傘を差して運転席から降り、助手席側に廻った。香織がドアを開け、漏れの差している傘の中に入り込んだ。香織と漏れは道路よりも一段高い公園に向かった。10年程前、盛んに造成工事をしていたこの公園も、今ではあちこちに傷みが見え始めていた。東屋の屋根で冷たい雨を凌ぎつつ、香織と漏れはベンチに座って眼下の夜景を眺めていた。
ふと、既視感が漏れを襲った。が、それが既視感ではないことを漏れはすぐに自覚した。既視感だと無意識に思おうとしたそれは、封印した筈の10年程前の夏の日の想い出だった。あの日、満天の星空の下で、漏れはここで、幸子を抱いていた。
「ケイさん?...どうかしたの?」
香織に声をかけられて漏れは我に返った。漏れは黙り込んだまま寂しそうな顔でもしていたのだろう。香織が心配そうに漏れの顔を覗き込んでいる。そんな香織の頬に手を沿え、
「どうもしないよ...。」
と囁きながら漏れは香織に優しく口づけていた。香織の頬や唇は凍え始めていた。その冷たさが、過去を懐かしんでもどうにもならないという漏れの中の空虚感に追い討ちをかけていた。
香織との口づけを終えると、漏れは努めて普通に振る舞った、『十年一昔』の言葉の通り、漏れはポーカーフェイスが板に付いていた。
不意に漏れに口づけられた香織はまだ余韻に浸っているのか、AE101に戻ると
「ケイさん...。今日はもう...帰るの?」
と、甘えた声で漏れに尋ねた。
「香織はどうしたいんだい?今日も『他に寄り道』したいのかい?」
漏れはいつものように率直に香織に尋ねた。彼女は
「...うん....。」
と普段よりも恥らった表情を見せながら漏れに答えた。
広域農道が高速のNSインターチェンジに繋がる県道と交差する十字路の手前に、ラブホが1件だけ、他のNSインターチェンジ周辺のラブホ群から離れて建っている。ここは、漏れが学生の頃にオープンした筈だが、これまで漏れは入ったことはなかった。当時、女子高生と付き合っていた悪友トシが、「部屋が少女趣味で可愛いらしいから喜ぶんだよ。」と彼女をここに連れ込んでいたことを思い出した。漏れは香織に断らず、唐突にAE101をそのラブホに乗り付けた。
「今日はここなの?...」
意図せぬ漏れの行動に香織は戸惑っていた。
「たまには気分を変えて...ね...。」
漏れはポーカーフェイスを努めつつ香織に言った。
「今日のケイさん...少し変ね...(笑)。」
と言いながらも、香織は微笑んで同意した。
実際、今日の漏れは、香織の言う通り『変』かも知れない。漏れは想い出しても仕方のない過去を今更懐かしんでいる。懐かしんでもそれが何も生み出さないことを良く解っているからこそ、10年前を記憶の奥底に封印した筈だ。だが、不覚にも漏れは、無意識のうちにその『パンドラの箱』を開けてしまった。漏れの心の深層にある『パンドラの箱』は、ギリシア神話の『パンドラの箱』とは性格が全く異なる。ギリシア神話のパンドラの場合は、好奇心から『決して開けてはならない』と言われていた瓶の蓋を開けてこれまで地上に存在しなかったありとあらゆる災いや労苦、疾病、復讐心等をこの世に蔓延させても、最後に『希望』が瓶の中には残っていたが、漏れの『パンドラの箱』の中には最初から『希望のかけら』すら存在していない。そもそも箱の中に封じ込められていたのは、幸子と美枝子という二人の女に対する執着心、嫉妬、未練、自棄、焦燥、諦めといった、非生産的な災いばかりである。『想い出』という言葉で簡単に美化できるほど安易なものではなかった。だからこそ、一旦開けてしまったパンドラの箱の中に、それらの災いを意識して封じ込めようとすればするほど、漏れの心理状態や言動は、常軌を逸脱していく。ましてや『体だけの関係』を割り切っている香織と、その交渉を合意したばかりだ。漏れの不安定な心理状態は手っ取り早く『はけ口』を香織に求めただけなのかもしれない。それを香織に悟られないようと焦る漏れの気持ちが、漏れの言動の矛盾に更に拍車をかけていた。
適当な部屋を見繕って漏れは香織を連れ込んだ。学生時代にトシが言っていた通り、どの部屋も少女趣味で可愛らしい装飾が施されており、香織は単純に興味を示して喜んだ。しかし、今の漏れは、単に『はけ口』を香織に求めているに過ぎない。部屋など何処でもこれからやることは同じなのだ。
「生理が終わったばかりだから...。」
と先にバスに浸かろうとする香織を、漏れはそのままベッドに押し倒した。乱暴に衣服を剥ぎ取り香織の裸体を露にすると、漏れは愛撫もそこそこに香織の膣内に強引に侵入した。
「ケイさん。お願い。優しくして...。」
と半ば乱暴を嫌い哀願する香織の言葉には耳も傾けず、漏れは香織の躰に没頭した。が、暫くすると香織がそれに応えてしまっていた。いつもは控えめな香織が、狂ったように喘ぎながら獣の交尾を漏れに求める。いつしか香織の腰使いは香織の呼吸の速さと比例するように高まり、漏れも香織のフェロモンにやられ香織の膣内で強かに果ててしまっていた。
ぐったりと漏れを受け止めたままベッドに躰を横たえていた香織が、混濁の中から徐々に意識を取り戻した。香織は漏れと繋がったままで
「ケイさん..。好き...。」
と漏れに信じ難い言葉を吐いた。当初、殆ど強姦に等しい強引さを嫌がっていたはずの香織が、漏れに対して自己犠牲を発揮した訳を、その言葉で初めて漏れは悟った。
予期せず、香織の本音を漏れは悟った。香織に興味がない訳ではないが、香織の求めるような『重苦しい』ものに発展する可能性のある関係を漏れは香織に求めてはいなかった。過去を封じ込めてからの漏れは、愛情を相手に対して保ち続けることはないと考えるようになっていた。いや、正確には、愛情を相手に求め共有することに臆病になっていた。なぜなら人は必ず『変わるもの』だからだ。
一時の激しい相手への『愛情』などは、自分自身が『ひとりよがり』に勝手に作り上げた幻想の類に過ぎない場合が多い。相手への溢れ出る独占欲という情熱に流されつつ、現実にはお互いの幻想のみを激しく相手にぶつけ、その反応から相手方の幻想を受け止めているだけに過ぎない。時として『相手を慮って』した行動が、結果、相手に『裏切り』と解釈される場合は多々ある。当初は相手の『裏切り』を『相手が自分を慮って』起こした行動として『結果論』的に解釈していたとしても、時を経れば経る程、様々な『懐疑心』という新たなパラドックスが生まれる。結果、それが、執着心、嫉妬、未練、自棄、焦燥、諦めといった非生産的な災いに発展し、心の中にある『パンドラの箱』は直ぐに許容量を越えてしまう。漏れは10年前、それを十分に理解していた。
が、そういった漏れの思考回路を相手に悟られさえしなければ、相手を『都合の良い女』として瞬間の刹那を楽しむことができる。それがこの10年培った漏れ自身の哲学だった。
「香織...可愛いね...。」
漏れは香りに白々しく、しかしその言葉の裏にある漏れの本心を悟られないよう配慮して香織の髪をゆっくりと撫でながらそう言って返した。性交の後に自分を褒められれば、一般的にはその台詞の裏がどうあれ好意的に解釈される。好んで誰にでも強姦される女がいるとすれば、彼女は精神的に破綻している。香織にとって「可愛い」という漏れの台詞は、香織自身に対する漏れの『愛情』『好意』の表れであるとその場では香織は解釈する。気付くのは時間を経てからだ。その証拠に、香織は嬉しそうに微笑みながら漏れにしっとりと寄り添うように躰を寄せてきた。後は、香織が漏れの本音に『何時気付くか』という彼女自身の『気持ち』の問題だ。それは漏れにはどうすることもできない。
漏れの心情と対比して香織が漏れと『愛情を共に育み共有』することができるとすれば、香織は漏れに対してきっと何も求めることが出来ない程、自分自身の意思を黙殺することを求められる。それは香織には無理なことは漏れには既に目に見えていた。
「じゃあ...また...来週...。」
まだ、初めて漏れに乱暴にされつつもそれに応えた自分自身に躰を火照らしてか、香織は少し照れながら、カルチャーセンターの駐車場からそう言ってLEVINで自宅に戻って行った。みぞれ混じりになりつつ、雨はまだ降り続いていた。
漏れは冬の雨が嫌いだ。冬の雨は、人の心を見透かしたように冷たい。翌週の火曜日もまた雨だった。
カルチャーセンターの講座が終わると、香織と漏れはいつものように一緒に香織のAE101で出かけた。しかしこの日、通例だったドライブの行程は割愛された。香織と漏れは、いつものラブホにカルチャーセンターから直行した。
先週、香織は自分の『幻想』を『好き』という言葉にして漏れに伝えた。香織の『幻想』の漏れに対する『伝達』という行為は、香織にしてみれば漏れに対しての一種の『契約条項』の変更なのだろう。煩わしい『事前手続』を省略して『契約目的そのもの』の履行に、漏れと共有する時間を直結させるという。香織にとって漏れとのドライブは、言わば漏れと寝ることを香織自身が正当化する『事前手続』だ。『漏れとドライブに出かけたためにその場の雰囲気に流され漏れと寝た。』という大義名分を香織の中で構築するための時間であり行動なのだ。事前手続を省くことは確かに合理的とも言えるが、それを許すことにより漏れは香織と過ごす時間を、直接に香織の意思に全て支配されてしまう。
ラブホに着くと、香織はバスタブにお湯を張り、先に漏れに入浴を勧め、漏れの入浴中に自分も裸になってバスルームに入ってきた。バスタブに一緒に浸かって
「温かいね...。」
と漏れに寄り添って甘える。香織は『漏れに独占されている』という自分の解釈で漏れに甘えているが、現実は逆で『香織に漏れが独占されている』だけだ。相手に恋愛感情と抱くと、誰しもこうした行き違いを起こし易い。香織が自分の『幻想』を漏れに『伝達』した後、漏れはそれを肯定も否定もしていない。、が、香織という恋する乙女の側からすれば、漏れに『否定されていない』ことだけが好都合だ。何故なら躰だけは既に結ばれて久しい。『否定されていない』ことは、即ち『肯定』として解釈される。
バスタブに浸かりながら漏れは香織の全身を愛撫した。香織が高ぶって漏らす喘ぎ声がバスルームに響く。程なく漏れは香織をベッドに誘い、そこで改めて香織の全身をくまなく愛撫し尽くして香織を焦らしてから、ゆっくりと漏れ自身を香織の膣内に挿入した。漏れが挿入された後、香織はそれが漏れの香織に対する『愛情の表れ』であると解釈して、これまで見せなかったような恥態や歓喜の声を漏れに見聞きさせ、漏れに没頭し、そして果てた。
「香織には『彼』がいただろう...。」
漏れとの余韻に浸りながら躰を横たえる香織に、漏れはふと尋ねてみた。香織に『彼』がいることは、彼女の口から聞いて知っていた。香織が『彼』との距離が少し離れたように感じたことが、今の漏れとの関係の契機の1つになっているという『香織の理屈』も、既に彼女の口から直に聞いていた。しかし漏れは、香織と『彼』との馴れ初めなど知らないし、ましてや知りたいとも思わない。仮に今後、香織がそれを漏れに話そうとするのなら、漏れは香織を止めるだろう。
「...いいの...ケイがいれば...。」
漏れの問い掛けに、香織はそう答えた。しかも、漏れへの二人称に、これまで付加されていた敬称が消えている。
「漏れは香織の気持ちには応えられないと思うよ...。」
正直な気持ちを漏れは香織に伝えた。しかし、香織は、既にそれを覚悟していたような顔つきで
「...それでも...いいの...。」
と言うと、漏れにそっと口づけた。
香織に口づけられながら、漏れは香織との今の関係がそう長く続かないことを悟りつつあった。とはいえ、長く続けるつもりなど、漏れは元々持ち合わせていなかった。
思いもよらず『彼』の話題を漏れに持ち出され、更に香織の気持ちに応えられないという漏れの言葉を、香織は『それでもいい』と口にはしていたが、現実には、香織の『幻想』は根幹から大きく揺るがされつつあった。もしここで香織が、彼女が漏れに向けた『好意』『愛情』は単に香織自身が自分勝手に創り上げた『幻想』に過ぎないということに気付いてくれれば、その後の香織と漏れの関係は、以降の香織の割り切り次第に委ねられる。香織が割り切れば現状維持の『体だけのつながり』に落ち着き、香織がその関係に精神的に耐え切れなくなる時まで続いてようやく終焉を迎える。また、香織が割り切れなければ今すぐにでも『ご破算』となる。しかし、人間誰しも安易に結論を求めようとせず、一度は必ずもがく。香織もそうだった。
漏れの言葉から、自分の『幻想』を『希望』にすり替え、その『希望』に翳りが見えたと感じた香織は、どうにかして『希望』を取り戻そうと焦っていた。根本的な香織の過ちは、そもそも『希望』そのものが存在していないことに気付いていない点だ。しかし、香織は『希望』を修復しようと意図していた。香織がもし高飛車な女だったら、きっと漏れを言葉で詰り返して関心を取り戻そうとしただろう。しかし、香織は貞淑な、どちらかといえば男に尽すタイプだった。
香織の口づけは漏れの言動を意図してか、少しずつ激しさを増した。香織の唇が「私の気持ちを解って...。」と漏れに訴えかけているようだった。
不意に香織は唇を離して上体を起こした。香織は躰の向きを変えて漏れの股間に顔を寄せ、漏れ自身を咥えて愛撫し始めた。元々、体の繋がりが先行した香織と漏れの関係である。香織の採った彼女自身の不安を解消する方法、即ち、漏れの意識を『香織だけに限定』させようという方法は、彼女の躰に漏れを更に夢中にさせようというものだった。香織のプロポーションはお世辞抜きに良い。しかもそれに似つかわしくない童顔で可愛いらしい顔立ちだ。香織は口には出さないものの、自分のプロポーションに自信を持っているのは確かだし、顔つきがプロポーションに比してアンバランスなのも彼女は自分の魅力の一つとして正確に捉えている。献身的に漏れに尽すことで、漏れに自分の抱く『幻想』を伝え理解させることが出来ると誤認した香織は、懸命に漏れを奮い立たせようと努めていた。香織は漏れ自身を咥えたままで漏れを挑発するように漏れの体を跨いだ。漏れの顔の真正面に香織の秘部が見える。香織は漏れ自身を咥えたまま、意識して臀部を漏れの頭の方に向けて突き出した。漏れの眼前に香織の秘部が近づく。これまでの香織は、こんな行動を示したことはない。漏れには香織の意図するところはすぐに解った。
漏れは香織の秘部に舌先を当てゆっくりと舐め上げ始めた。漏れ自身を咥えた香織が
「...ん...ん...」
と呻く。舌先の圧力と速度に強弱をつけつつ舐め廻すと、香織は反応する都度、一瞬躰を硬直させる。強く反応すると、香織に咥えられたままの漏れ自身に香織の歯が一瞬軽く当たる。漏れがそのまま香織の秘部を舌先で転がし続けると、香織は漏れ自身を咥えるのを諦めて右手で包みながら動かそうとするが、暫くして香織の上半身は漏れの下半身の左側に崩れ落ち香織の口から喘ぎ声が溢れ始める。漏れ自身を掴んだ右手も辛うじて漏れ自身を支えているだけとなった頃には、香織の喘ぎはその間隔を狭めていた。
「ケイ...ケイっ!...欲しい...の...。...お願い...そのま...ま......そのまま...入れ.....て...。」
香織が漏れに哀願した。
「香織、そのまま漏れの上においで...。」
漏れは香織にそう投げかけた。香織は一旦、漏れを跨ぎ返した。ベッドに横たわったままの漏れに顔を向け、香織が隆起させた漏れ自身に向けてゆっくりと腰を沈めていく。漏れは香織が漏れ自身を埋没させ易いよう、漏れ自身に手を添え、それを補助した。暫くして香織は、漏れ自身を膣内に呑み込んだ。香織はゆっくりと腰を廻し始めた。自分の体重で自分の核が漏れの下腹部に押し付けられ適度な快感が得られるのか、香織の腰使いは徐々に激しくなっていった。漏れは上下に揺れる香織の豊満な乳房を下から眺めつつ、適度に頃合を見計らっては香織を下から突き上げた。突き上げられる都度、香織の口から
「...あっ....」
と喘ぎ声が漏れる。漏れは香織と繋がったままで香織の反応を見ながら自分の腰の動きを調整しつつ、上体を起こして左手を香織の背中に廻して彼女の上体を支えながら、右手で香織の乳房や乳首を愛撫した。香織の喘ぎ声が少しずつ大きくなり始めていた。
香織が背筋を反らせたのを契機に、漏れは香織と繋がったままで、彼女の上半身をゆっくりとベッドの上に横たえた。香織を仰向けに横たえると、今度は漏れが香織を少し激しく掻き回した。腰を廻しながら押し込む漏れの動きに合わせて、香織の乳房が揺れる。香織の喘ぎ声がまた音量を増した。香織は右腕を上体の傍らにやや広げ気味に添えつつ、その手はシーツを強く握り締めている。漏れは香織の左脚を持ち上げて漏れの右肩に持たせ掛け、香織の左腿を香織の腹部側に漏れの上体で押さえ込んで暫く香織を深く突いた後、そのまま漏れの上半身を香織の左足の下を潜らせつつゆっくりと香織の躰を左回りに廻し込んだ。うつ伏せにされた香織は、背面から秘部に漏れを挿し込まれたまま、やや臀部を持ち上げつつ喘ぎ声を上げて耐えていた。
漏れは香織の腰に両手を当てがって、不意に香織の臀部を漏れの腰に引き付けた。
「...ひゃっ...」
悲鳴とも喘ぎとも取れる声を香織は上げた。香織は顔から乳房にかけてをベッドに押し付けるような姿勢で、腰だけを突き上げて漏れに背後から激しく突かれている。漏れが右膝を立てて香織の右脚を跨ぐようにしつつ更に背後から掻き回すようにしながら突き続けると、
「うぐっ....うっ.....」
と再び香織は悲鳴とも喘ぎ声とも取れる声を上げた。香織の両腕は脇を閉め肘を曲げた状態で香織の顔の横に添えられ、その両手はぎゅっと力を込めつつシーツを握り締めている。漏れは香織に構わず突き続けた。
「.....ケ......イ..............いっ...ちゃ............」
言葉にならない言葉を残しつつ、釣り糸の外れたマリオネットのように香織の全身から瞬時に力が抜け、香織はそのまま崩れ落ちた。漏れも香織が崩れ落ちようとした瞬間、香織の膣内に撒き散らした。
香織は暫く崩れ落ちたまま動かなかった。漏れはそっと香織の膣内から漏れ自身をゆっくりと引き抜いた。すると、香織の膣内から、先程放たれた漏れの残骸が徐々に滲み出してきて、香織の内股を伝わりながらシーツの上に滴り落ちた。それを目の当たりにして、漏れは狼狽した。香織の月経が終わったのは既に1週間前だ。
まんまと策略に乗せられたのは、漏れの方だった。
香織は徐々に混濁から抜け、意識を取り戻しつつあった。漏れは香織の傍らに横たわり、それでも彼女が混濁から抜けるまで、彼女の髪を撫でていた。
「...ケイ...。...好きよ...。」
恥じらいのためか躊躇いつつ、香織が漏れに言った。漏れは香織の髪を撫でながら、そのまま彼女の膣内で果ててしまったことを詫びた。妊娠のリスクは男には絶対に解らないが、それを避けるのが「体だけの関係」であったとしても、漏れの義務だからだ。しかし、香織はそれに答えず、別の話題を漏れにもたらした。
「...ケイ...。...私ね...。」
香織は再び躊躇しながら口を開き始めた。しかし、香織の躊躇は漏れへの恥じらいのためではなく、言い辛いという気持ちを抑えようと努めながらのものであることは、香織の態度が漏れに示していた。
「続きは...何?...」
漏れは香織に尋ねた。決心したのか、香織は真剣な眼差しで漏れを暫く見つめてから言った。
「ケイ...私...婚約...したの...。」
意外な展開に漏れの方が驚いた。香織が婚約したのであれば、漏れとの関係など即座に打ち切らねばならない。漏れは人様の幸福を土足で踏みつけるほど下賎ではない。だが、結果としてつい先程、その下賎な行為を香織にしたのは他でもないこの漏れだ。
「...彼は...『いいひと』なの...。間違いなく...。でも...」
そこで香織は口を噤んでしまった。余程、自分自身の『幻想』を『希望』として置き換えて見ていた漏れには言い辛い内容らしい。
「...言いたくなければ...無理に言うことはないよ...。」
漏れには香織に無理強いできる権利はない。拘束しないのが「体だけの関係」の暗黙の了解だ。
「...でもね...。」
漏れの制止に気付いても、香織はゆっくりとその後の台詞を漏れに続けた。
「...でもね...彼は、いつもまでも『いいひと』なだけなの...。ケイのように...私との駆け引きが...ないの...。何でも、私の言うがままで...。...きっと、彼は、私を愛してないの...。そう思っていた矢先、ケイと再会したの...。」
「香織は『マリッジブルー』だ」、と漏れは思った。
香織の『彼』とは、漏れは会って話をしたことがある。香織が出張先から直接カルチャーセンターにやってきたことが一度だけあった。香織と再会して間もない頃だ。その頃、まだ香織と漏れは、単に講座の後の茶飲み友達で、今のような「体の関係」になるなどと、少なくともその頃の漏れは思っていなかった。香織の『彼』は、漏れとお茶をしながら時間潰しをする香織を、香織のAE101を運転して迎えに来た。折角だからと、漏れが同席を勧めた。そうしなければ、漏れの方が気まずかった。『彼』もそれを断ることもできず、香織と漏れの雑談に文句も言わずに付き合った。他愛もないクルマの話に『彼』も加わり、例の峠のバイパスの香織の事故の際、漏れが香織を手助けしたことには『彼』は丁重に礼を言った程だった。香織より1歳年上の『彼』は、香織のことを想い、香織の気持ちを優先し過ぎる程、忍耐力のある男だと同性の漏れは感じていた。しかし、香織には、『彼』のその態度が優柔不断に写ったのだろう。
マリッジブルーは男性でも女性でも起こる。男性の場合は、「これでタバコを止めなきゃならない」とか「もう自分勝手に遊びに行けない」とか「今の所得で日々の暮らしは大丈夫だろうか」などといった現時点での現実的な悩みに陥る場合が多いが、女性の場合は「この人と本当に一生寄り添えるのだろうか」とか「今は良くても先々に心変わりして浮気などしないか」とか「自分は本当にこの結婚で幸せに過ごして行けるのだろうか」などといった抽象的で長期的展望に立った悩みに陥る場合が多い。
香織の『彼』は香織を想う余り香織に対してストレートに物が言えない。それが香織の不安を掻き立て、漏れとの今の「体だけの関係」を構築するに至ったと解釈するのが妥当だろう。つまり、香織が漏れに抱く自分自身『幻想』を『希望』にすり替えたものは、実は香織の『彼』に対する『幻想』=>『希望』をそのまま漏れに転じているだけなのだ。香織は、漏れとの間に『駆け引きがある』と表現した。その駆け引きは香織と漏れの間に『愛が存在しないが故の駆け引き』だ。香織と『彼』との間にだって、駆け引きはあったはずだ。香織にそれをそうだと悟らせないのは、『彼』が香織に心底惚れた弱みなのだろう。そう悟った今、漏れは香織との関係を今後続ける訳にはいかない。
「ケイ...私...『彼』よりも...ケ」
香織が漏れに何を言わんとしているのか容易に察した漏れは、香織の唇に漏れの人差し指を当て、香織の言葉を押し留めた。
「香織は何か勘違いしているよ。」
漏れは努めて褪めた口調で香織に言った。香織は何かを予感して、いや、漏れの言わんとすることは、既に察しが付いていたのだろう。香織の瞳に涙が溢れる。だが、漏れは続けて冷淡にこう言った。
「漏れは...香織を『愛している』とは...一度も言わなかったよ...。」
香織は顔を伏せ、声を立てずに暫く泣いた。
その日、香織と別れた後、香織と漏れは会うことはなかった。翌週火曜日にカルチャーセンターのその年最後の講座に漏れは出掛けたが、講座にも、カルチャーセンターにも、香織の姿はなかった。年が明けても同じだった。 漏れは、香織が妊娠した場合のことは想定していた。香織は漏れの職場の電話番号も携帯電話の番号も知っている。香織が妊娠でもしていれば、漏れには連絡があるものと漏れは勝手に考えていた。
香織と「体だけの関係」が切れ、同時に香織からの連絡も途絶えて、約1年が過ぎようとしていた。漏れはこの年、職場では繁忙を極め、休日は例の峠のバイパスを登り切った先にある、有名な影絵作家の美術館に「癒し」を求めて休日一人で出掛けることが多くなっていた。絵本の表紙や挿絵に使われた影絵の原画を眺めていると、漏れの心は和んだ。
その日、漏れはいつものように、影絵美術館に出掛けた。相変らず、夜、通称「馬車道」ヒルクライムを楽しんだ後にのんびりと流して帰る走り慣れた例の峠のバイパスを、この日も昼間、ゆっくりと登っていった。影絵美術館に着いた漏れは、駐車場に香織のAE101が停まっているのを見つけた。漏れは美術館に立ち寄らず、そのまま帰ろうかとも悩んだ。しかし、結局悩んだ挙句、漏れは美術館に入った。この美術館のある観光地は、冬場は寒さから観光客は疎らだ。美術館内を暫く進んでも、人影は見当たらなかった。
この美術館の中程には、大きな広間に、一番の目玉である大き目の作品が他の小規模の作品と共に飾られている。そこに漏れは香織と香織の『彼』の楽しそうな姿を見つけた。香織の胸には、ピンクの大きめな防寒着に包まれた赤ん坊が抱きかかえられていた。
突然、訳もわからず巨大な空虚感に苛まれた漏れは、順路を逆に戻り、そのまま美術館を後にした。





【本編は、現実と似通った人や団体、または物品が登場したり、あるいは仮に今から約10年前に似たようなことが現実にあったとしても、フィクションです。】